いまイチオシのドラマ作家を毎月ご紹介する「推しの作家さま」。今回は、現在、大河ドラマ「どうする家康」(NHK)を執筆中の古沢良太さんです。
明確さ、テンポの良さ、豊富なアイデア…古沢作品が多様性に富む理由
古沢良太さんといえば、テクニカルな実力派として知られる脚本家です。作品数が飛び抜けて多くないにもかかわらず多作のイメージがあるのは、活躍するフィールドの幅の広さゆえです。テレビドラマとしては、第27回向田邦子賞を受賞した「ゴンゾウ 伝説の刑事」(’08年、テレビ朝日)、「外事警察」(’09年、NHK総合)、「鈴木先生」(’09年、テレビ東京)、「リーガル・ハイ」シリーズ(フジテレビ)、「デート〜恋とはどんなものかしら〜」(’15年、フジテレビ)など、方向性の異なる多彩な作品群でヒットメーカーの地位を確立。ほかにも、「ALWAYS 三丁目の夕日」(’05年)、「キサラギ」(’07年)、「ミックス。」(’17年)などの劇場映画や、「趣味の部屋」(’13年、’15年)、「悪童」(’15年)などの舞台作品も多数手掛けています。
古沢作品の大きな特徴は、物語全体を貫く一種の論理性です。笑わせるにしても、泣かせるにしても、フワッとした曖昧な描き方はしません。緻密に構成されていながら、テンポの良さやスピード感も兼ね備えた構築力は、まさに唯一無二のテクニックです。その堅固な構築力が、より自由な俳優の演技や演出を促し、作品の多様性を後押しするのです。特に、「コンフィデンスマンJP」シリーズ(フジテレビ)におけるトリックの多彩さ、アイデアの豊富さは驚異的で、古沢さんの才能の埋蔵量にあらためて驚かされました。
そんな古沢さんが’23年、満を持して挑んでいる大河ドラマもすごい! いや、今年の古沢さんはホントすごいんですよね。映画「THE LEGEND & BUTTERFLY」「映画ドラえもん のび太と空の理想郷」だけでなく、Prime Videoで配信中の「エンジェルフライト―国際霊柩送還士―」も手掛けている。どれも脚本としては2〜3年前には手を離れていたとは思うんですが、それにしても…。
家康に投影した、『日本のリーダー像』『ヒーロー像』
本題に戻って、放送中の大河ドラマ「どうする家康」は、日本の歴史上最も有名な成功者である徳川家康を“ナイーブで情けないプリンス”として描くという、非常に野心的な作品です。そして、松本潤さん演じる家康がホントに臆病で情けない。見ていてちょっと気の毒になるくらい。古沢さん容赦ないです。でもその容赦のなさこそが、古沢さんの目指す新しい大河ドラマなのでしょう。丸くて動く独特のタイトルロゴや、ポップでカジュアルなタイトルバックにもその姿勢が表れています。
ドラマを見ていて思い出したのは、昨年から今年にかけて注目された2人のリーダー、サッカー日本代表の森保一監督とWBCで侍ジャパンを率いた栗山英樹監督です。2人とも強いリーダーシップでチームを自分色に染めるタイプではありません。選手を信じ、彼らに敬意をもって接することで、求心力を高め大きな勝利を掴みました。これまでの日本のリーダー像を塗り替えるような出来事でした。
それがまさに「どうする家康」のスタートとシンクロしたというのが、また面白い。「どうする家康」が描いているのは、まさにそういうリーダー像でしょう。桶狭間にしろ、本能寺にしろ、自らの運命が常に歴史の転換に直結してしまう希代のカリスマ・織田信長とも、誰も信じず自分の才覚だけで天下をとったスーパーマエストロ・豊臣秀吉とも違う。仲間を信じ、家臣に愛され、「この殿のために」と皆が力を尽くすことで日本を平定に導いた家康こそが、現代に通じるヒーロー像なんだというテーマは、実にタイムリーです。
登場人物一人一人を巧みにフォーカスする構成力の高さ
その野心に応えるごとき配役も、また豪華で楽しい。主演の松本さんは正直ここまであまり良いところがなくてかわいそうな感じですが、その分、周りの人物が思い思いに躍動しています。個性派ぞろいの家臣団は年齢もタイプもまちまちながら、部活のようなわちゃわちゃ感があります。“戦国最強”とか“自称三河一の色男”とか、いちいちキャッチフレーズがあるあたりも、どこかアニメの戦闘チームっぽい。中でも山田裕貴さんや杉野遥亮さんなど、若手俳優陣が存在感を見せています。おそらく意識的だと思いますが、年や身分の差を気にせず率直に意見を戦わせるシーンが多いのが、印象に残ります。そして有村架純さん演じる瀬名や北川景子さん演じるお市の方ほか、女性陣もみな一様に物おじせず自ら時代を切り開く強さを持っています。
今回の「どうする家康」の大きな特徴として、各エピソードで一人の人物を大きくフォーカスして描くというスタイルがあります。その構成もトリッキーで、気をつけて見ていないと、意図するところがよくわからない。4月16日(日)放送の第14回でも、冒頭いきなり海辺で干し柿をめぐる阿月(伊東蒼)の“かけっこ”が描かれて「どういうこと?」と思った方も多いことでしょう。でも45分見終わると、これが見事に効いてくる。阿月とお市の方の交流が、金ヶ崎の戦いという歴史の分岐点と劇的に交差する。まさに、古沢脚本の本領発揮です。この回の阿月もそうですし、第10回のお葉(北香那)や第12回の今川氏真(溝端淳平)など、心に深い印象を残す人物が何人もいます。家康を主人公としながら多くの登場人物を掘り下げることで、時代を重層的に描いていこうという古沢さんの思いが伝わってきます。
信長、秀吉相手に、どうする家康⁉
さて、物語も新章へと突入。情けなさが目立った家康も、天下を巡る争いに巻き込まれていく中で、次第に成長を見せてくれそうです。とはいえ、このあと家康の前に立ちふさがる「どうする」案件は、これまでよりさらにハードかつシリアスで、パワーアップしていきます。家康と家臣団はこの難題にどう立ち向かっていくのか。なかなかに前途多難。カッコいい松潤も、そろそろ見たいんだけどな…。
そして、この大河の大きな特徴と言えば、いわゆる三英傑(信長、秀吉、家康)の共演シーンが異常に多い。互いに比較されることの多い三英傑の描かれ方の変化も見どころの一つでしょう。ここまで過剰にニヒルに描かれている信長(岡田准一)と、過剰に下品(!?)に描かれている秀吉(ムロツヨシ)。そう考えると、ここまでの家康も過剰に情けなく描かれていたのかもしれません。この3人が、このままで済むはずはない。3人の関係がここからどう変わっていくのか。古沢さんの描く新しい戦国大河の景色に、大いに期待しましょう。
大河ドラマ「どうする家康」放送情報
NHK総合ほか
毎週日曜 後8:00~ほか
※NHKプラスで最新話を配信中
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文/武内朗