イチオシの作家を紹介する「推しの作家さま」。今回は、TBS系で火曜10時に放送中のドラマ「ファイトソング」を手掛けている岡田惠和さんです。
ドラマの世界に生きる人々の“日常”を丁寧に切り取る、岡田脚本
岡田惠和さんといえば、大石静さん、坂元裕二さん、野島伸司さん、北川悦吏子さんなどとともに、90年代のドラマ黄金時代を初期から支え、その後30年以上に渡って日本のテレビドラマの保守本流を担ってきた脚本家です。ドラマ好きの方ならきっと覚えているドラマがあるでしょう。アラフォーの方なら「若者のすべて」(’94年/フジテレビ系)や、「イグアナの娘」(’96年/テレビ朝日系)、「ビーチボーイズ」(’97年/フジテレビ系)。30歳前後の方なら「バンビ~ノ!」(’07年/日本テレビ系)や、「最後から二番目の恋」(’12年/フジテレビ系)、「泣くな、はらちゃん」」(’13年/日本テレビ系)。最近では、「この世界の片隅に」」(’18年/TBS系)などです。ほかには、「ちゅらさん」(’01年/NHK)、「ひよっこ」(’17年/NHK)などの朝ドラも岡田さんの作品です。原作ものも、オリジナルも自在にこなし、岡田ワールドとも言うべき独特の世界観を見せてくれる方です。
岡田脚本の最大の特徴は、ドラマ世界を生きる人々の「日常」を切り取る丁寧さです。岡田さんの作品は(近年は特に)市井の人々の穏やかな日々を描くドラマが多いですが、そうじゃない場合でも(SFでも、時代劇でも、シャツにカエルが張り付いていても)そこで生きる人々にはその世界での日常が必ずあるわけで。それを丁寧にトレースするデリケートで優しい目線。その細やかさこそが岡田作品の魅力です。なので、ほんのちょっとしか出てこない登場人物にもなんとなく親近感を抱かせてくれる。よく「岡田作品にはいい人しか出てこない」と言われたりしますが、それは一見悪い印象を与えそうなキャラクターでも、そう感じさせない描き方をしているからです。短い描写でそれを成立させる手腕の確かさは並大抵ではありません。
放送中の「ファイトソング」でも、決して品行方正な善人ばかりではありませんが、登場人物のすべてがどことなく愛らしい。芦田さん(間宮祥太朗)の元バンド仲間・薫くん(東啓介)なんて、やってることは結構エゲツないのになんかカワイイもんね。岡田さんらしいと思います。
たとえば、よくドラマの解説文なんかに「ひょんなことから付き合うことになった」なんて書いてありますよね。確かに実生活でもひょんなことから、としか言いようがないことがあります(3話の反省会でも、私たち十分“ひょん”ですね、って言ってましたね)。でも本当はドラマの中でこそ、ああ私この人好きだ!と心が動く瞬間の、あのアクセルを踏み込むような感覚をきちんと味わいたくないですか?「ファイトソング」にはそれがあります。2話で清原果耶さん演じる花枝ちゃんが恋に一歩踏み出す、その瞬間のリアリティー。花枝ちゃんが自分の人生を自ら切り拓くその瞬間に立ち会えたことに、僕らは感動するのです。登場人物の心の動きに立ち会えるドラマには、近年なかなか出会えないですからね(好きになっちゃった同士の胸キュン!みたいなのは結構あるんだけど)。
そして、岡田脚本のもう一つの魅力はその絶妙なセリフ回しです。とはいえそれはいわゆる「名言・パンチラインがビシバシ!」といった種類のものじゃありません。ある女優さんはかつて「岡田さんの脚本は『…』の数にも意味があるんですよね」と話していました。またある演出家は、岡田さんのホンの空間を読み違えないために役者さんと何度も話し合うんだと教えてくれました。一見なんてことのない受け答えにも、感情が宿ります。今回で言えば間宮祥太朗さん演じる芦田さんの「ああ」とか「うん」とか「そうだよね」とか、そういうセリフにどんな意味が込められているのか、そんなところに注目して欲しいですね。そしてそこに芦田さんのリアルをにじませるべく、俳優や演出家がどれだけのエネルギーを注いでいるかにも(不器用な芦田さんが内に秘めているあふれる思いが、きっと感じられるはずです)。
もちろん普通に上手い!ってところもたくさんあるんですよ。「よく泣いたよね」「すいません」「全然泣かなかったよね」「すいません」みたいなやりとりとか。慎吾ちゃん=菊池風磨くんのナイスキャラとか。凛ちゃん=藤原さくらちゃんのいじらしさとか。いいところはたくさんあるんだけど、なによりたっぷり時間をかけて登場人物たちの心の動きをなぞるその丁寧さをこそ、レコメンドしたいのです。ドラマの今後がますます楽しみですね。花枝ちゃんの体のことも心配だけど。岡田さんのことだからきっとみんなを幸せにしてくれると思いたいな……。
「ファイトソング」放送情報
TBS系
毎週火曜 後10:00~10:57
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文/武内朗