推しの作家さま #5 藤本有紀さん

2021/12/20 14:02

イチオシの作家を紹介する「推しの作家さま」。今回は、現在放送中の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」を執筆している藤本有紀さんです。

和菓子、ジャズ、野球、時代劇…異なるテーマを融合させる藤本脚本

3世代にわたる100年の「家族の物語」を3人のヒロインを起用して描く、現在放送中の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」。近年の朝ドラの中でも飛び抜けて大胆かつ挑戦的なこのドラマを書き下ろしている脚本家が、藤本有紀さんです。ここ10年ほどテレビではNHKの作品がほとんどで作品数は決して多い方ではありませんが、超個性的かつ圧倒的な筆力はまさに唯一無二で、近年ではすべてが代表作と言えるほどの高打率を誇り、日本を代表する脚本家のひとりです。

「カムカムエヴリバディ」の最も刺激的な点は、なんと言っても100年間のファミリーストーリーを描くというスパンの長さでしょう。これまでの朝ドラでは長くても50年から60年くらいでした。それはなぜかといえば、「朝ドラ」=「ヒロインの一代記」(男性もいたけど)という大前提があったからです。そこを祖母、母、娘の3世代ヒロインの起用という形でクリアして挑んでいる。あの大河ドラマであってさえもほとんどが主人公の一代記ですから100年には届きません。この「カムカムエヴリバディ」は並みの大河ドラマ以上の長期にわたる歴史物語なわけです。

加えてドラマを貫くシンボリックなファクターが異常に多い。安子が生まれた1925年は日本でラジオ放送が始まった年ですから「ラジオ放送開始100年」を念頭に置いていることは間違いないですし、その象徴としての「英語講座」の存在ももちろん大きなテーマです。さらに「和菓子」「ジャズ」「野球」「時代劇」と、それぞれ朝ドラ1本作れるくらいの広がりのある要素が惜しげも無く注ぎ込まれている。これだけの時間の長さとテーマの幅広さを兼ね備えた朝ドラはちょっと例がありません。

もちろんそれを支える脚本家にも相当な筆力が要求されることは言うまでもありませんが、藤本さんならさもありなのです。かつて手がけた朝ドラ「ちりとてちん」では、おびただしい落語の演目を独創的なストーリーに見事に組み込み、第34回向田邦子賞を受賞した「ちかえもん」では、近松浄瑠璃を換骨奪胎して大胆にシャレのめして見せた藤本さんですからね。また初めて大河を手がけた「平清盛」では、膨大な登場人物を見事にさばく手腕もすでに披露しています。キーとなる要素が多ければ多いほど、関係が複雑になればなるほど、どんな風に料理して見せてくれるのかが楽しみに思えます。

話を”カムカム”に戻してネットでも話題になっている登場人物の入れ替わりの早さ。主要人物とのお別れがどんどん訪れます。やっと稔さんと結ばれて、幸せな安子ももっと見ていたかったけれど、なにしろ100年ですからね。展開の速さは仕方ないことで(とは言え、稔さんの退場はあまりに早い。あまりにあっという間で。再登場ってわけにいかないかなあ。実は記憶をなくして生きていてアメリカで再会!みたいなの無理かなぁ。東海テレビの昼ドラじゃないからな…)。

時として残酷な運命も、藤本脚本は短い描写で効果的に描きます。特に安子の母・小しず、祖母・ひさの防空壕での死は戦争の残酷さを端的に示して印象的でした。それでいて、重要なモチーフにはしっかりと時間をかける。小豆を煮るときの「おいしゅうなれ」のおまじないや、ルイ・アームストロングの「On the Sunny Side of the Street」などの重要なポイントは、繰り返し、繰り返し、ていねいに提示する。まさに緩急自在。心憎いまでの巧さです。典型的な引っ込み思案な女の子だった安子の意外な強さと静かな変貌も素晴らしい。上白石萌音ちゃん、正直もっと見ていたかったけれど仕方ありません。容赦なく時は進みます。なんたって100年ですから。

個人的に藤本有紀さんは、豊富な知識とそれをさばく技術、何より現代的なセンスという点で、(作品の肌触りは全く違いますが)宮藤官九郎さんと近い資質を持っていると思います。もともと演劇畑出身という点も共通していますしね。「カムカムエヴリバディ」はまだ見ていないという宮藤官九郎ファンの方がいたら、ぜひ一度「カムカム」してみてはいかがでしょうか。今後も気になる脇役たちが物語をかき回してくれるでしょうし、小ネタもたくさん登場するはず。

「カムカムエヴリバディ」放送情報

NHK総合ほか
毎週月曜~土曜 前8:00~

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文/武内朗