推しの作家さま #8 三谷幸喜さん

2022/04/03 09:09

イチオシのドラマ作家を紹介する「推しの作家さま」。今回はいよいよ真打ち登場、現在NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が絶賛放送中の三谷幸喜さんです。

女性のたくましさ、したたかさ、愛らしさが印象的な「鎌倉殿の13人」

三谷幸喜さんは、約70年に渡る日本のテレビドラマの歴史の中でも非常に特異なポジションを占める作家です。小劇場出身のスター作家・演出家は数多いますが、ほかメディア、特にテレビドラマの世界でこれだけの実績を残した演劇人は三谷さんをおいて他にいません。ホームグラウンドたる舞台でも30年以上途切れることなく作・演出を続けていますし、’97年に「ラヂオの時間」を初監督してからは数年に1作のペースで劇場映画も発表。そしてテレビドラマでも「やっぱり猫が好き」(’88年/フジテレビ系)、「警部補・古畑任三郎」(’94年/フジテレビ系)、「王様のレストラン」(’95年・フジテレビ系)など数々のヒット作で旋風を巻き起こし、まさに平成以降の日本のエンターテインメントの中心人物として八面六臂の活躍を続けています。

そんな三谷さんの輝かしいキャリアの中でも特筆すべきはNHK大河ドラマの2作品、「新選組!」(’04年/NHK)と「真田丸」(’16年・NHK)です。どちらもかなり明確に近藤勇と真田幸村を主人公として立てていながら、その周辺の人物たちが魅力たっぷりに描かれていたのが大きな特徴でした。多くの登場人物を自在に配置してストーリーを「面」で押し進める三谷マジックを存分に発揮して、青春群像劇としての大河ドラマを印象付けました。その手法は「鎌倉殿の13人」にも共通しています。
 
ただでさえ時代背景が複雑なのに、そこにこれだけ多くの人間が登場したら訳が分からなくなりそうなもんですが、それでいて見ていて非常にわかりやすいのが三谷大河のいいところです。セリフまわしや家族観、人間関係などの現代的解釈や、今回で言えば長澤まさみさんのナレーションの適切さなど、構成のうまさはもちろんですが、ここで大きな効果を上げているのがキャスティングです。登場時間の短い人物や短期間しか登場しない人物に知名度のある俳優を配置して強い印象を残すなど大河ならではの豪華さを見せる一方、坂東彌十郎さんや栗原英雄さんなどの実力派を比較的長く登場する重要な役に当てるなどの懐の深さは、さすが三谷幸喜さんと言わざるを得ません(今回キャスティングに三谷さんの意向がかなり反映していることは間違いないでしょう。源頼朝の独特の軽みと残酷さは大泉洋さんでなければ出ない味ですし、義経のヤバさをたったワンシーンで描いた弓比べのシーンも菅田将暉さんであることで効果が倍増しています)。

そして「鎌倉殿の13人」のもう一つの見どころは女性たちの描き方です。もともと北条政子は日本の歴史上最も強い女性の一人として有名ですが、本作を見ていると、決して政子が突出して強い女性だったわけではなかったことがわかります。第12回で描かれた「亀の前事件」にしても、頼朝をめぐる争いであるはずなのに肝心の頼朝の影が実に薄い。その代わり御台所として次第に存在感を増していく政子はもちろん、側女の存在をほのめかし政子に後妻(うわなり)打ちを促すりく、空気を読まない発言で場を静まり返らせる実衣、義村や広常にも所構わず色目を使う亀、頑なに頼朝への思いを残す八重など、女性たちのたくましさやしたたかさ、愛らしさが存分に描かれます。

比企尼や丹後局含めて、とにかく女性陣がそろいもそろって誰一人“わきまえてない”。そしてまた男性陣がそろいもそろって女性に弱い(特に義時はコテンパンです。「田んぼの蛭」とか言われちゃうし。八重からは相変わらず「小四郎」って呼び捨てだし)。表側の政の仕組みがまだまだおぼろで、本音と建前が混ざりあっていた時代だからこそのリアリティーなのでしょうが、いずれにしても本当に頼もしい。三谷作品でこれだけ女性がフィーチャーされるのもめずらしいかもしれません。今後の巴御前や静御前の描き方にも期待したいところです。

一般に三谷さんが手がける大河ドラマはコメディー的だと言われることがあります。まあ三谷幸喜さんが書いている以上笑えるシーンが一つもないってことはあり得ませんし、そうしたソフトなタッチが大きな魅力なのですが、かといって三谷大河は決してコメディーではありません。「新選組!」や「真田丸」もそうですが、「鎌倉殿の13人」も史実としてはむしろ殺伐とした陰惨なストーリーです。でもそんな時代を生きる人々にも家族があり、生活があり、友情がある。愛や笑いの中で生きていたはずの人々が、否応無く物語の渦に巻き込まれていくところに、三谷大河の面白さがあります。これはまさにシェークスピアやチェーホフに比肩する日本のエンターテインメントと言っていいのではないでしょうか(ちょっと大げさかな)。

これまで受け身一辺倒だった「田んぼの蛭」こと義時も、そろそろ攻めに転じます。やがて頼朝が亡くなると「13人」の意味が次第に浮かび上がり、義時のイメージもガラリと変わります。いままでキャッキャと笑いあってきた政子、りく、実衣たちも、互いに血で血を洗う日々がやってくるのです。そうなる前に、まだ家族の温かさが残っているうちに、今の物語を十分見届けておきましょう。

「鎌倉殿の13人」放送情報

NHK総合 
毎週日曜日 後8:00~

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文/武内朗