2023年度最も優れたドラマ脚本を手掛けた脚本家に贈られる「第42回向田邦子賞」の候補者4名が発表されました。そこで「TVガイドみんなドラマ」では、最終選考に先駆けて各候補者と作品について一気にご紹介します。気になるドラマが見つかったら、ぜひチェックしてみてください! 第3回は、「わたしの一番最悪なともだち」の兵藤るりさんです。
今回候補者最年少! 自身もコロナ禍で就活を体験
今回、第42回の向田邦子賞にノミネートされた4人の候補者は、キャリアや作風など、それぞれ非常にバラエティーに富んだ方々が集まったなという印象があります。その中でもひときわ注目されるのが最年少の兵藤るりさんでしょう。まだ20代半ばで脚本家としてのキャリアも始まったばかり。本格的なテレビドラマの単独脚本はこの「わたしの一番最悪なともだち」がほぼ初めて、という中でのノミネートとなりました。
お茶の水女子大学の理学部数学科を4年で中退、東京藝術大学の大学院映像研究科映画専攻脚本領域に入りなおして脚本家を志すという異色の経歴を持つ兵藤さん。もともとドラマが好きで、習いごととしてシナリオ作りを学んではいたということですが、学生時代から一直線にプロの脚本家を目指していたわけではないようです。大学に通う中で自分の人生について改めて考えた結果、新たな目標に向かって歩み始めたということなのでしょう。「わたしの一番最悪なともだち」で描かれる同世代の人々の焦りや戸惑いに直結する思いが感じられます。
そしてもうひとつ、そうした経緯の中で兵藤さん自身もコロナ禍での就職活動を経験しています。ドラマに登場するオンラインでの面接や、自分の個性とは何だろうと考え、悩む主人公たちの姿には、そうした自身の体験も大きく反映していることでしょう。ちなみに兵藤さんはある制作会社に内定をもらえたそうですが、熟考の末、東京藝大大学院への進学を選択。退路を断って脚本家への道に進むことを決めたということになります。事実上、この就活の末の決断が、自身の将来を決定づけたということは確かです。
脚本家としての道を歩むと決めてからまだ数年にすぎない兵藤さんですが、NHKの5分ドラマ「就活生日記」や数々のラジオドラマの執筆などコンスタントにキャリアを重ね、夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」で実質的なテレビドラマ全話脚本デビューとなりました。
単なる就活テーマの青春物語ではない「わたしの一番最悪なともだち」
「わたしの一番最悪なともだち」は、就活に行き詰まった主人公の笠松ほたる(蒔田彩珠)が、なんとなく苦手に感じていた幼なじみの鍵谷美晴(髙石あかり)の人物像をエントリーシートに書いてしまう、という物語です。主人公たちが就職活動を通して直面する壁や息苦しさは、誰もが感じたことのある心の痛みでしょう。自分には何もないと感じたほたるがなりたい自分を思い描いたら美晴が思い浮かび、彼女のプロフィールを借りて送信してしまいます。その結果、ほたるは志望していた会社の内定を得ます。素直に喜べないほたるの姿に共感する人も多いことでしょう。
でもこの作品は、そんな「就職活動をテーマにした自分探しの青春物語」といった単純な枠組みのドラマではなく、もう少し複雑で裾野の広いドラマです。8週間のうちの後半4週間がほたるの就活から3年後の会社員時代の話に費やされていることでも、それが分かります。自分がやりたいこと。自分がやれること。誰かに求められること。自分らしいこと。夢を追えばいいの? がんばればいいの? 主人公や仲間たちだけではない、会社の先輩や同僚などすべての人が自分に問いかけながら生きていることが描かれます。
自分を知っているのは自分だけじゃない
小学生のころから、社会人3年目を迎えるまでの15年以上にわたるほたると美晴の関係を通して描かれるのは、自分を知っているのは自分だけじゃないということでしょう。劇中「変わったけど、変わってない」というセリフが何度か登場します。人は生きていく中で必ず変わっていく一方で、変わらない部分ももちろんあります。特に主人公のほたるが試行錯誤しながら変わろうとして、実際成長していったり、がんばりすぎて自分を見失ったり、本来の自分に立ち戻ろうとしたりする中で、視聴者もそのことを痛感させられます。
でも自分のどこが変わって、どこが変わっていないかは見る人によって違うかもしれないのです。人が見ている自分の中に本当の自分がいるかもしれない。「ありのままの自分を肯定しよう」というのはこの作品の大きなテーマですが、ドラマの切っ先はありのままの自分とは何か、肯定するとはどういうことか、というところにまで及びます。きれいごとばかりでは済まない現実の中で生きる私たちの胸にも、兵藤さんの書くセリフの一つ一つが、時に鋭く、時にやさしく、まっすぐに届きます。単なる自分らしさ賛歌を超えた生々しさが感じられる作品です。
今回兵藤さんは“ダークホース”的存在といえそうですが、本作には今の兵藤さんにしか書けないキラキラした輝きが随所にあります。最前線で活躍中の脚本家たちが選ぶ向田邦子賞の選考は最後までどう転ぶか分からないスリルに満ちているだけに、ひょっとすると……?
■Profile
兵藤るり(ひょうどう・るり)
お茶の水女子大学理学部数学科を4年生で中退し、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域に進む。2020年「就活生日記」(NHK総合)で脚本家デビュー。テレビドラマのほか、ラジオドラマ脚本も手がける。第49回創作ラジオドラマ大賞佳作受賞。
夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」情報
2023年8月21日~10月12日放送(NHK総合)
原案・脚本協力:吹野剛史
脚本:兵藤るり
演出:橋爪紳一朗、小谷高義、工藤隆史
出演:蒔田彩珠、髙石あかり、高杉真宙、倉悠貴、サーヤ(ラランド)、 久間田琳加、井頭愛海、紺野まひる、マギー、倉科カナ、原田泰造、市川実日子 ほか
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構成/文 武内朗