第42回向田邦子賞ノミネート作家深掘りレビュー!②金沢知樹「サンクチュアリ-聖域-」

2024/04/12 17:05

2023年度最も優れたドラマ脚本を手掛けた脚本家に贈られる「第42回向田邦子賞」の候補者4名が発表されました。そこで「TVガイドみんなドラマ」では、最終選考に先駆けて各候補者と作品について一気にご紹介します。気になるドラマが見つかったら、ぜひチェックしてみてください! 第2回は、「サンクチュアリ-聖域-」の金沢知樹さんをご紹介します。

九州を拠点に活躍する異色のクリエイター・金沢知樹

“元・お笑い芸人として活躍していたドラマ脚本家”という肩書は、今では珍しいものではありません。近年はかつて芸人として活動していたというキャリアを持つ脚本家たちは多数存在しますし、脚本家と芸人の二刀流を軽々と成し遂げている人もいます(第36回向田邦子賞を受賞したバカリズムは、そんな二刀流の代表格と言えるでしょう)。

金沢知樹さんも最初はお笑い芸人としてキャリアをスタートし、出役としても人気を得ますが、約20年前に裏方へと転向。主宰を務める劇団K助での公演のほか、他団体の作品など演劇畑を中心に、バラエティー番組の構成などを手掛ける一方、映画やテレビドラマの脚本でも次第に頭角を現します。

特に’16年にテレビ西日本で放送された「ガチ★星」は大きな評判を呼びました。戦力外通告を受けた崖っぷちの元プロ野球選手が、最後の最後に再起をかけて競輪の世界に挑むという物語。ダメで、ダメで、本当にダメな中年主人公が、はるか年下の若者たちに交じって競輪学校で猛特訓を受けるシーンは迫力満点で、限界に挑む男の無様なリアリティーが胸を打ちます。

競輪発祥の地が福岡・小倉ということで、全編小倉で撮影されたというこの作品ですが、脚本の金沢さんは長崎出身、コンビを組んだ江口カン監督は福岡出身、メインキャストの2人も大分と福岡出身ということで、九州パワーが全開。’18年には映画として再構成されてさらに大きな評価を得ます。海外でも広く公開され、各国でさまざまな賞も受賞し、脚本の金沢さんも一気に注目される存在となりました。

‘20年には「半沢直樹」(TBS系)の脚本にも参加。’22年には映画「サバカンSABAKAN」で初監督に挑戦します。‘80年代の長崎を舞台に少年たちのひと夏の冒険を描いた、みずみずしく輝く青春物語。草彅剛や尾野真千子、竹原ピストルらの大人たちもさることながら、主演の2人の少年の表情が素晴らしい。骨太かつ繊細な金沢さんの魅力があふれています。

相撲の世界へ大胆に斬りこんだ「サンクチュアリ-聖域-」

今回対象となっている「サンクチュアリ-聖域-」は、Netflixが日本で製作したオリジナルドラマシリーズの一作で、金沢知樹脚本、江口カン監督という「ガチ★星」のコンビが再タッグを組みました。「ガチ★星」では競輪選手を目指す男たちのトレーニングシーンの過酷さが注目されましたが、相撲の世界を舞台にした今回はさらに凄まじい! 激しく荒々しい描写の連続は時に眼を背けたくなるほどです。

一ノ瀬ワタル演じる主人公の小瀬清(のちの猿桜)は、やはり九州・福岡出身。投げやりで自堕落な生活を送っているところに、大金が稼げると誘われて相撲部屋に入ります。父の借金を返して、かつての温かかった家庭を取り戻したいとの思いも垣間見えますが、相撲に真剣に取り組もうとはしません。この“過酷なトレーニングにさらされつつ自らの自堕落さに負けて夢にまっしぐらになれない”という図式は、まさに「ガチ★星」と同じです。凄惨ともいうべき稽古と“かわいがり”の中で、いつ主人公が目覚め、立ち上がるのかが、このドラマの見どころのひとつです。

そしてもうひとつの見どころは、主人公を取り巻く人々の群像ドラマ。特に猿桜の先輩やライバルとなる力士たち、猿谷や龍貴、静内らのダイナミックなドラマには衝撃を受けるし、親方やタニマチなど相撲部屋や協会で暗躍する大人たちのアウトレイジぶりには度肝を抜かれます。ピエール瀧、岸谷五朗、松尾スズキらの演技合戦も見ものです。

また力士を演じた俳優たちの肉体のリアリティーにも驚かされます。時間をかけて本物に近い力士の体を作り上げていることが伝わります。なにより物語の中で主人公が強くなっていくということが体の成長度合いとして画面から伝わってくるというのは、ちょっと得難い体験です。制作陣の本気の表れと言っていいでしょう

ネット配信ドラマの目指す未来と可能性

物語と表現の過激さ、撮影と準備への時間とお金のかけ方など、確かにこれは地上波では成立しがたいドラマと言えるかもしれません。企画や描写に対して制約がかからざるを得ない地上波やBSのテレビでは成しえない表現は、やはり大きな魅力です。実際本作は配信されるや否や大ヒットを記録。相撲という素材への興味もあり、世界市場でも大きな反響を呼びました。

今後こうした配信ドラマはますます増えてくるでしょうし、原作なしのオリジナルドラマという形で成功した本作は、今後のネット配信ドラマの大きな指針となるでしょう。もし金沢さんが受賞すれば、向田邦子賞が制定されて以来初めてのネット配信ドラマによる受賞ということになります。賞のゆくえに要注目です。


■Profile
金沢知樹(かなざわ・ともき)
1974年1月1日生まれ。長崎県出身。お笑い芸人としてデビューした後バラエティー番組の構成作家としても活動し、2003年に「劇団K助」を旗揚げ。様々な舞台や映画の脚本・演出を務める。2008年、舞台「部屋と僕の弟のはなし」で文芸社ビジュアルアート「星の戯曲賞」準グランプリを受賞。

「サンクチュアリ -聖域-」情報

2023年5月4日~配信開始(Netflix)
脚本:金沢知樹
監督:江口カン
出演:一ノ瀬ワタル、染谷将太、忽那汐里、田口トモロヲ、きたろう、毎熊克哉、住洋樹、佳久創、戌井昭人、おむすび、寺本莉緒、安藤聖、金子大地、仙道敦子、澤田賢澄、石川修平、義江和也、小林圭、めっちゃ、菊池宇晃、 余貴美子、岸谷五朗、中尾彬、笹野高史、松尾スズキ、小雪、ピエール瀧 ほか

 
 
 
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構成/文 武内朗