第42回向田邦子賞 ノミネート作家深掘りレビュー①源孝志「グレースの履歴」

2024/04/09 17:05

2023年度最も優れたドラマ脚本を手掛けた脚本家に贈られる「第42回向田邦子賞」の候補者4名が発表されました。そこで「TVガイドみんなドラマ」では、最終選考に先駆けて各候補者と作品について一気にご紹介します! 気になるドラマが見つかったら、今からでも、ぜひチェックしてみてください。第1回は「グレースの履歴」(NHK BPプレミアム)の源孝志さんをご紹介します。

演出家、プロデューサーとしても活躍するマルチプレイヤー・源孝志

源孝志さんは1961年生まれ。脚本家としてだけでなく、ディレクター・プロデューサーなどさまざまな立場で、CMやバラエティー・ドキュメンタリーなど幅広いジャンルの作品にかかわるマルチプレイヤーです。映画監督としても「東京タワー Tokyo Tower」(2005年)や「大停電の夜に」(’05年)などの作品があります。テレビドラマでも多くの作品に携わっていますが、ほとんどの作品で脚本・監督を兼務しています。

代表作のひとつである「京都人の密かな楽しみ」(’15年~/NHK BSプレミアム、団時朗・常盤貴子出演)は、メインのドラマ部分に加えて、オムニバス形式の短編ドラマやドキュメンタリーパート、料理のレシピなどを紹介する情報バラエティー的パートなどを自在に編み込んだ大胆な構成で、京都と京都人のミステリアスな世界を活写して評価を得ました。高い企画性をドラマ部分にも的確に反映する手腕は、脚本・演出を兼ね、全体を見渡すプロデュース力も持ち合わせた源さんならではのユニークな仕事でした。

また’19年の「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~」(NHK BSプレミアム、内野聖陽・柄本佑出演)も評判となりました。“最先端の撮影機材で高画質のコテコテ時代劇を撮りたい”という夢(これは実際に源さんが抱いていた夢だったそうです)を持つテレビ局のエンジニアと、京都で長年キャリアを積んできた撮影所のベテランスタッフ、そして主役に抜擢された大部屋俳優たちのドタバタ交流劇を描きながら、実際に最新撮影技術による時代劇を作ってしまうというこれまたトリッキーな荒技を見せてくれました。ワイヤーアクションによる階段落ちや360度ワンカット13人斬りなど、往年の時代劇へのオマージュとハイテク技術による新たな時代劇の可能性の共存は、まさに源さんの面目躍如です。 近年では、「令和元年版 怪談牡丹灯籠」(’19年/NHK BSプレミアム、尾野真千子・柄本佑出演)、「ライジング若冲 天才 かく覚醒せり」(’21年/NHK総合、中村七之助・永山瑛太出演)、「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」(’21年/NHK BSプレミアム、中村勘九郎・中村七之助出演)など、まさに現代の視点から最新技術で時代劇を再構築する試みを実践し続けています。こうしたマニアックなこだわりは、源作品の大きな特徴でもあります。企画の独自性は際立っており、広い意味でのドラマクリエイターとして貴重な存在であったことがわかります。

自作の小説を映像化した「グレースの履歴」

今回ノミネートの対象となった「グレースの履歴」は、それらの諸作品とはまた少し違ったプロフィールを持つ作品です。もともとは源さんが2010年に発表した「グレース」という小説(のちに「グレースの履歴」と改題)が原作です。自分で書いた小説を自らの手で脚色してドラマ化するというケースは、さほど一般的ではないですがときどきあります。有名なところでは、先日亡くなった山田太一さんの名作中の名作「岸辺のアルバム」(1977年/TBS)が、もともと新聞連載小説として発表されたものを自ら脚本にしてドラマ化されたものでした。しかし今回は原作が書かれてからおよそ10年以上の時を経ての自らの脚本・演出によるドラマ化ということで、さすがにこれは珍しいケースと言っていいでしょう。

妻・美奈子(尾野真千子)が海外旅行先の事故で亡くなったことを知り呆然とする夫・希久夫(滝藤賢一)。遺品である美奈子の愛車・ホンダS800(通称・エスハチ)のカーナビには、見知らぬ履歴が残されていた…。自分の知らない妻の一面を知った希久夫は、残された履歴を巡る旅に出ることを決心します。マニュアル仕様のエスハチを運転するため免許を取るところから始まる希久夫の長い旅は、さまざまな人々との出会いを重ねながら、波乱含みで進んでいきます。ロードムービーの側面と美奈子のたくらみをめぐるミステリーの側面を両輪に展開する異色の人生ドラマです。

“グレース”と呼ばれたホンダエスハチ(S800)の美しさ

さて小説とドラマの一番の違いは何かといえば、当然ですが映像があるかないかということです。このドラマの場合、劇中大きな役割を果たすホンダのエスハチ、それも左ハンドルの真っ赤なエスハチが画面に登場するというだけで、ドラマ化の意味は十分あるわけです。湘南、長野、京都、松山と、美しい風景の中を走る真っ赤なエスハチの映像は本当に美しく、車好きにはたまらないでしょう。小説に書くのは簡単でも、実際に撮影するのは大変ですからね。実際ドラマ化が決まっても肝心のエスハチがなかなか見つからず、運よく浜松の中古車ディーラーに持ち込まれた車が今回撮影に使われたのだそうです。

そしてタイトルにも使われている「グレース」という名の由来。美奈子がこの車を「グレース」と呼んでいるのですが、その理由となるエピソードも実に美しい。世界中のどこでもレーシングメカニックが修理に向かう、というサービスが実にホンダっぽくて、これがグレースという名の由来ともかかわってきます。宇崎竜童扮する元・ホンダの伝説的メカニックエンジニアの若き日を毎熊克哉が演じていますが、短い時間で強い印象を残します。

原作では多くの登場人物の視点が入り混じり、時制も過去と現在を行ったり来たりするし、けっこう複雑な構成ですが、ドラマの方はだいぶシンプルに分かりやすくなっています。希久夫が旅を続ける中で次々に新しい事実が導きだされていくので、見ているこちらも常に緊張して見続けているところがあるのですが、結局は自然の中を走り抜けていく真っ赤なグレースの姿に癒やされていく。最後に希久夫がたどり着く美奈子の真実に心揺さぶられながら、希久夫と美奈子とそしてグレースとともに旅した記憶が心に沁みる大人のドラマでした。


■Profile
源孝志(みなもと・たかし)
1961年6月5日生まれ。岡山県出身。’84年、立命館大学卒。ホリプロ入社。’86年、日本テレビに出向。主にバラエティー番組のプロデューサー、ディレクターとして活躍後、‘03に独立して株式会社オッティモを設立。

「グレースの履歴」情報

’23年3月19日~5月7日放送(NHK BSプレミアム)

原作・脚本・演出:源孝志
出演:滝藤賢一、尾野真千子、伊藤英明、柄本佑、林遣都、山崎紘菜、黒谷友香、宇崎竜童、広末涼子 ほか



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構成/文 武内朗