中途半端な男・中越チカラを松本潤さんが熱演、新境地を魅せている「となりのチカラ」。本作の脚本、演出を手掛ける遊川和彦さんに、たっぷりと語っていただきました。
松潤以外に、チカラはいなかった
――本作「となりのチカラ」は、マンションの隣人たちが抱えるそれぞれの問題に、チカラが中腰になりながら悩み、介入していく中で、コミュニティーが生まれていく物語ですが、どのような経緯で”中腰のオトコ”=チカラのキャラクターが誕生したのですか?
「私のこれまでの作品は、信念があって迷わない強い女性を主人公にすることが多かったのですが、今回、松本さんが主役ということで、今までとは逆に”迷い過ぎる男”、”悩み過ぎる男”を演じてもらうのが面白いんじゃないかと思ったんです。松本さんにそんな男をオファーするのって、きっと他にいないだろうな、ならば自分でやろうと思って」
――脚本と演出の両方を担当されているのもそういった理由からでしょうか? メリットや、作品への良い影響を感じられますか?
「『良い影響ばかりです』と言いたいですけど現実はなかなかね…(笑)。自分で演出して一番思うのは、『この脚本はとても厄介だ』、『この作家はなんでこんな面倒くさいことばっかり言って、色んなことを要求しているんだ』とつくづく感じます。でも、松潤が悩みまくっている絵を想像したらキュートになりそうな感じがして。悩みながらも周りの人に良いことをする……そんな風にイメージがどんどん広がっていきました」
――チカラのように声をかけたり、助けたいと思ってもなかなかできることではないですよね。
「今って色んな問題が溢れているのに、自分のことを考えるので精一杯だったり、何かしたくても情報が多過ぎて取捨選択できず、結局自分のことだけ考えていたらいいやみたいな傾向だなと思うんです。
私も何もできないって思いますけど、それでも何かできることがあるとしたら、”すぐ隣にいる人に役に立つことをする”とか、”ちょっと話を聞いてあげる”とかそういうことかなと思って。そういうことが広がっていけば、幸せも少しずつ広がっていくんじゃないかと。
主人公の男を考えたとき、今の日本が抱えている問題を取り入れて、彼を通して周りの人に幸せな気持ちを伝えていく、そういう話にしようと思いました」
――実際、松本さんはチカラとどう向き合われていましたか?
「苦労はしていましたね。凄く。松潤はチカラのことを、『自分とは全く正反対な人間』と言っていました。
私も正直、最初は大丈夫かなという不安がありました。松潤は優しいイメージというより、キリリとしたかっこいい男という印象だから。でも本読みを始めたときに、キリッとした彼の中にある優しさが出てきて、この人で良かったとすぐに思いました。彼の言葉はとても伝わってくるので、この人がチカラになって良かった、この人以外にチカラはいないんじゃないかなと思いました」
――松本さんに何かアドバイスや要望などはされましたか?
「おせっかいな住人が、良い人のふりして良いことやっているとか、あざとくなっちゃいけないとは思っていたので、リアリティーの中にある主人公の魅力はどういうものかは話しました。
私から松潤に言ったのは、自然に演じていても普通に撮ると、彼はどうしてもかっこよく見えてしまうので、『ちょっとオドオドして』とか、真剣なシーンの時も『なるべく声を高く出して』というようなことはしつこく言いましたね」
――遊川さんの要望に応える松本さんの姿はいかがでしたか?
「松潤がすごいのは、感情的な芝居でも全部自分の中で一度構築して、正確さを求めることを徹底している点ですね。
例えば、スーパーの袋から落ちたものを拾うときも、どのタイミングで、何を拾うか全部ちゃんとしようとする。画面に映っていないときでも。『自分の中で整合性がないとできない』と言って、それを見事にやりますね。それで理屈っぽい芝居になるかと言うとそうはならなくて、エモーショナルな芝居になる。全てをきちんと計算し尽くした上で、それを計算と見せないところがとにかく凄いですね。『そんなことまで気にしなくても平気だよ』とも思いますけど、逆に言うと、彼はアバウトなやり方はできないんでしょう。天才型というよりは究極の秀才型です。僕はそっちの方が好きですね」
――具体的に凄さが出ていたシーンはありますか?
「バーッとまくしたてるシーンです。
チカラは感情に任せて言ってるんだから、松潤本人も感情のままに言えばいいじゃないと思うんだけど、細かい動きを全部自分の中で計算しつつ、セリフも正確に言わないと気が済まないみたいですね。なおかつ並行して私がああしてくれ、こうしてくれって言うもんだから、またそれを踏まえて、計算して演じるっていう。本当に凄いです」
――チカラはもちろん、マンションの住人達も個性的なキャラクター揃いです。特に思い入れのあるキャラクターはいらっしゃいますか?
「一番は誰かと言われたら、もちろんチカラですけど、2番目は(上戸彩演じる妻の)灯ちゃんですね。チカラがこういう中腰の役なので、彼の奥さんには芯が強くてまっすぐで、表面的には怖いけれど、内面はとても優しい人にしたくて。上戸さんには本当は優しい人なんだけど、厳しい、強いってことを意識してほしい。そういう夫婦だから素敵なんだよと伝えました」
――先程「日本や世界が抱えている問題を取り入れていく」とおっしゃっていましたが、児童虐待やヤングケアラーについても描かれていますね。
「ヤングケアラーと外国人問題については、今一番関心があります。認知症の祖母を孫が1人で介護する回を描きましたが、孫の託也を演じた長尾(謙杜)くんには、『託也は優しい青年ではなくて、優しくいようとしているんだ。本当はちょっと冷たくて、自分の運命を不公平だと思っている。優等生が上から目線で見るような感じで演じてほしい』ということをしつこく伝えました。長尾くんは本当にいつもニコニコしていて爽やかで優しいんだけど、どんな人にも優しいだけではない、冷たさや残酷さも持っているという”リアリティー”を表現したかったんですよね。
――バックボーンをしっかり理解してもらうことで、表面上ではわからない託也の苦悩や葛藤が見えてくるということでしょうか?
「おばあちゃんを一人で介護しなくてはいけなくなったとき、今まで優等生で上からものを見ていた青年が、自分では何もできない無力感に陥ったときに、そんな彼を誰が助けてくれるのか。外国人問題にしても、誰かが困っているときに『どれだけ何をしてあげられるだろう』、『自分だったらどうするだろう』と視聴者に考えるきっかけになるのが、チカラの姿になるんじゃないかと思うんです。非常に難しいテーマではあるけれど、私の作品では今まで触れていない部分なので描いていきたいと思っています」
――さまざまな住人と共に後半はどのような展開になっていくのでしょうか。見どころを教えてください。
「チカラとマンションの住人達が、これからどう関わっていくのかはもちろんのこと、それよりも、チカラ自身に起こる大きな問題に対して彼がどう向き合っていくのかが見どころです。
今まで外に気持ちが向かっていたことが、今度はどんどん内側に向けられて、『自分とは何か』という問題にチカラが答えを出すという方向ですね」
――前半と後半で全く構成が変わりそうですね。
「そうですね。変わりますし、松潤はどんどん大変になりますね。セリフもどんどん多くなりますし(笑)。
妻に対する問題や、子供達に対する問題も出てきます。何も問題のない楽しい一家で終わっていいのかっていう話です(笑)」
――マンション内の住人たちの横のつながりなども、今後生まれてくるのですか?
「つながりも生まれてくるし、逆に軋轢も出てくるし、チカラに対する態度も変わったりするんじゃないですかね。ちょっと優しくしたら、今度は図に乗ったり。関係性が変わったことによって、裏切られたり、一筋縄ではいかないというところは描いていきたいなと思っています。
それがリアリティーだし、ドキュメンタリーだなと思いますから」
■Profile
遊川和彦(ゆかわ・かずひこ)
1955年10月24日生まれ。東京都出身、広島県育ち。テレビ制作プロダクション勤務ののち1987年、脚本家デビュー。ドラマ「魔女の条件」「さとうきび畑の唄」(共にTBS系)、「家政婦のミタ」「過保護のカホコ」(共に日本テレビ系)、「はじめまして、愛しています」「ハケン占い師アタル」(共にテレビ朝日系)など話題作で脚本を担当。2005年放送の「女王の教室」(日本テレビ系)で、第24回向田邦子賞受賞。映画「恋妻家宮本」(2017年)で監督を務めるなど、演出も手掛ける。
「となりのチカラ」放送情報
テレビ朝日
毎週木曜 後9:00~
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文/木村友美