岸井ゆきのさん、高橋一生さん主演ドラマ「恋せぬふたり」(NHK総合)が、書下ろし小説として帰ってきました。ドラマの脚本も務めた著者・吉田恵里香さんを直撃!
小説では、咲子や高橋の心情をぼかせられない…
――初めに、ドラマ「恋せぬふたり」の反響をどのように見られていましたか?
「見たら(私が)傷ついてしまうかも…と思って積極的にエゴサーチはしませんでしたが、作品がトレンドに上がっているのは嬉しかったです。夫やNHKの方など人づてに、反響を教えてもらっていました。放送前は、『批判意見が多くなるのかな?』と思っていたこともあって、よりありがたい気持ちでした」
――悩まれながらの執筆だったのですね。
「そうですね。『アロマンティック・アセクシュアルの方たちを知っていただきたい』という気持ちが根本にあり、当事者の方が感じている生きにくさ、苦しさを描きたかったのです。アロマ・アセクを知らない方に見ていただきたかったので、『どういう描き方をすれば、最初の1話を見てもらえるかな?』という思いでした。なおかつ、エンターテインメント性とセクシャリティー=リアルを描くので、第3話くらいまではバランスに悩みながら書いていました」
――バランスとは、具体的にどのような部分でしょうか?
「例えば、第1話で咲子が性自認していく過程でネット検索をするのですが、ドラマ仕様で『高橋が咲子に教えて…』など、ドラマチックにすることもできたと思います。実際、ドラマの前半では、高橋が咲子に教えを説くという部分がありましたが、これがリアルだとしても、男性が女性に“教える”印象が強くなりすぎるのは避けたかった。お勉強、と思った瞬間に興味をなくす方もいっぱいいると思っていたので、そのバランスは気にしていました」
――確かに、“押し付け”を感じた途端に興味が薄れることってありますよね。他のインタビューを拝見していて、吉田さんご自身が、相手の感情を予想してお話しされる繊細な方だという印象を受けました。
「いえいえ、私はガサツな方です(笑)。なので、電車の中で『あの言い方、すごく決めつけていたな…』とか反省したり、よく落ち込んだりしますよ(涙)。それもあって、作品の登場人物たちには、こんな思いをしないでほしいな、と思いながら書いています」
――そんな同ドラマで、「第40回向田邦子賞」を受賞。おめでとうございます!
「受賞発表の1週間前くらいにノミネートの連絡が来たのですが、ノミネートされるなんて思っていなかったので、ビックリしました。『ダメだろうな…』と思っていたこともあって、発表当日の朝は、お風呂に入っていたのです(笑)。そしたら、社長からまさかの受賞連絡が来て、その場で『え~!?!?!?』と叫んでいました。在宅勤務中の夫は、虫が出たか、私が転んだかどっちかだと思ったみたいで、慌ててお風呂場に走って来ましたよ(笑)」
――受賞会見の場で、向田邦子賞の選考委員でもある岡田惠和さんから声を掛けられたそうですね。
「マネジャーさんと世間話をしていたら、隣に坂元(裕二)さんや岡田さんたちが座っていらして、突然すぎて頭が真っ白になりました(涙)。私が緊張していることを察してくださった岡田さんに『大丈夫、面白かったよ!』と言ってもらえて、ただただ嬉しかったです」
――現在放送中のドラマ「全力!クリーナーズ」(ABCテレビ)に続き、10月スタートのドラマ「君の花になる」(TBS系)の脚本を手掛けることも発表されていますが、脚本家の道に進まれたきっかけを教えていただけますか?
「向田邦子さんや川上弘美さんが好きなこともあり、小説家を目指して小説を書いていました。そんな中、縁があって今の事務所で西田(征史)さんのアシスタントを務めることになり、脚本家としても活動し始めたのです」
――話を戻してしまうのですが、先ほど仰っていた“電車での反省会”。そんな吉田さんが書かれるので、「恋せぬふたり」の言葉はそっと寄り添ってくれるのかな、と感じています。
「私はあまり愛想がよくなく、“人たらし力”もないので、基本は反省しながら生きています(笑)。だからこそ、キャラクターたちには愛嬌いっぱいで生きてほしいと思うのかもしれませんね」
――そのキャラクターたちの中で吉田さんが一番気になるのは誰ですか?
「(咲子の同僚)カズくんですかね。もちろん、咲子と高橋も大好きですが、カズくんが視聴者代表だと思うのです。彼の言動ってわりと最低で、そういう意味では、『もう少し彼を厳しく叱らなければいけなかったな』と思う部分もありました。ですが、彼は反省して学んでいこうとしている面があるので、一番大切なのはそこかな、と。反省して、学んで、変わるということが大事ですから」
――確かに、土足で踏み込んでくるカズくんが最初は苦手でしたが、徐々に良い印象になりました。まさに、変わることの大切さですね。
「私が思う“人たらしの人”って、カズくんなのです。だけど、『人たらしであることが必ずしもプラスではない』ということも伝えたかったので、彼の両面を書きました。と言いながら、カズくんは得するタイプの人ですよね、根もイイヤツですし」
――ちなみに失礼ながら、咲子はすごくモテるタイプではなさそうなのに、あらゆる男性に好かれていましたが…?
「咲子は全ての人に優しくて、全ての人と仲良くなれる。人が好きで、距離感も近くて何でも楽しみたいので、相手を勘違いさせやすいのかな、と。例えば「ドライブいこう!」と言われたら「いいね👍」と言ってしまうタイプ(笑)。だから、勘違いしてしまう相手が多いのだと思います。ただ、作中でも描いているように、彼女に問題があるわけではなく、勘違いして勝手に恋愛感情と思い込む方に問題があるのでは、と声を大にして言いたいです!」
――その彼女が、他者との距離の近さに抵抗を感じる高橋と、家族(仮)の生活をスタートさせます。生活を続けていく中でも、「咲子さん」「高橋さん」と当初からの呼び方で話しかけていますよね。
「仲良くなると名前で呼ばなきゃいけない、という風潮があまり好きではなくて…。恋愛作品では、呼び方が距離感の変化を表したりもしますし、ある種の居心地の良さではあると思います。ただ、『好きに呼んだらいいじゃない!』と私は思っているので、親密になっても、さん付けや名字で呼ぶ。名前と名字、その呼び方に特別な違いがあるわけではないことも描きたかったのです」
――「なぜ、ずっと『高橋さん』なのだろう」と思っていたので、新たな気づきでした。そんな咲子と高橋が、小説の表紙では“キャベツ”を一緒に持っていますが、キャベツに込められた思いは何でしょうか?
「キャベツって、調理方法でいろんな姿に変わることができますし、包まれていて、一枚一枚はがされていきますよね。そんなキャベツと、咲子と高橋の関係の変化や心の解きほぐしていく様子を、重ねたつもりです。また、キャベツ人形や、海外ではキャベツから子供が生まれるという言い伝えがあるなど、子どもや家族を象徴するイメージを持っていたので、キャベツを採用しました」
――そのほかにも、野菜や料理が物語を通して印象的で、時には、気まずい場を和ませる緩衝材としての役割を果たしていたり…。
「『食べ物を美味しく完食することが美』という考え方にも疑問を持っていたのです。食べることは生きるために必要なことなので、美しいことかというと、必ずしもそうではない。だから、食べ物は描きたいけど、『美味しそうに食べる、完食することに重きを置かずに描きたい』と。ちなみに小説には、ドラマに出てきた食べ物をほぼ全部入れて、さらに食べ物の補足情報も追記しました(笑)」
――小説とドラマの話でいうと、小説は自分のペースで理解、解釈ができるので、咲子や高橋の思いにより近づけたような気がします。
「ドラマは共感を楽しむもの、小説は一つの解釈を伝えるものだと思っているので、小説では、敢えて咲子と高橋を一人称で書きました。さらに、映像で見た時に『説明があった方が分かりやすい』と感じた部分を補足したほか、行間で済ませたくない部分を書き足しましたね」
――小説では、高橋の目線を入れることに重きを置いたそうですが、理由は何だったのでしょうか?
「ドラマを見た人でも小説を楽しめるようにしたかったことと、ドラマでは高橋を神格化しすぎてしまった気持ちがありました。彼を完璧にするつもりはありませんでしたが、余分なセリフをどんどん削いだ結果、パーフェクトな人間になっていて…。これは、ドラマとしてはマルでしたが、小説ではもう少し人間っぽくしてあげたかったのです。この時こう思っていたとか、本当にカニが好きとか…(笑)」
――今のお話にあるように、小説では“雰囲気”での理解が難しいゆえに、行間の説明などをしなければいけない大変さがあったのでしょうか?
「表情で見せることもできませんし、小説では、目線を一人称にしたので、咲子のシーンと高橋のシーンを混在できないため、ストーリーが繋がるための工夫をかなりしました。あとは、映像でぼかせた咲子や高橋の心情を書くことになるので、『これはどう書いたらいいのだろう?』と悩みましたね」
――それは、まるで答えを書いてしまうような?
「そうですね。一人称で書くと、一つの答えを出してしまうことになりますから。だからこそ、『一人称で書かない方がいいのかな?』『でも、一人称じゃないと書けないことがある…』と思う部分もありました」
――人間描写から、アロマ・アセクに縛られない人間模様が描かれているようにも感じました。
「そうですね。セクシャリティーをテーマにした作品は、“自分とは別の人たちの話”のようになりがちなので、好ましくなくて…。アロマ・アセクの人の話だけど、同じ生活をしているから共通部分はいっぱいあって、恋愛的指向・性的指向が異なるだけなのです。“アロマ・アセクの人はこういう人”という描き方だけでなく、この方たちが紡いでいく人間関係を描きたい。だから、多くの方に共感してもらえる話になっているのかな、と思います」
――ありがとうございます。最後に、小説「恋せぬふたり」を通して伝えたいことをお聞かせください。
「ドラマ全編をほぼ見た後で書けたので、映像と照らし合わせながら、伝えられなかったことなどを追加したり、映像でカットされた部分を復活させました。だからこそ小説は、『このシーンやセリフは、ここと繋がっていたんだ』と楽しめる作りになっています。咲子と高橋以外にも、他のキャラクターのことももっと知ることができるので、お手に取ってもらえたら嬉しいです。生きづらさを感じた時に読み返してもらえる本になっていたら素敵だなと思います」
■Prolife
吉田恵里香(よしだ・えりか)
脚本家・作家。1987年生まれ。代表作に、テレビドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(’20年、テレビ東京系)、「花のち晴れ~花男 Next Season~」(’18年、TBS系)、映画「ヒロイン失格」(’15年)、「センセイ君主」(’18年)など。現在放送中のドラマ「全力!クリーナーズ」(ABCテレビほか)、10月スタートのドラマ「君の花になる」(TBS系)、公開中の映画「ホリックxxxHOLiC」の脚本も手掛ける。小説「脳漿炸裂ガール」シリーズは累計発行部数60万部を突破するなど、映画、テレビドラマ、アニメ、舞台、小説など、ジャンルを問わず多岐にわたる執筆活動を展開。Twitterもチェック。
「恋せぬふたり」放送情報
NHK総合
’22年1月10日(土)~3月21日(土)放送