大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)にて、第41回向田邦子賞を受賞した脚本家・三谷幸喜さん。先日開催された同授賞式でのインタビューの模様を紹介!
北条政子と実依の姉妹も、御家人たちのセリフも、向田さんの作品を参考にした
――「向田邦子賞」受賞、おめでとうございます!! 4月に受賞発表があってから、周囲の反響はいかがでしたか。
「ありがとうございます。何度も言っていますが、本当に『向田邦子賞』はうれしい。これほどうれしい賞はないです。ほかの賞をいただいた時も同じようなことを言ったかもしれませんが、今回が本当に一番うれしい。だって向田邦子さんは僕の憧れで、目標ですから。受賞が発表され、たくさんの方からお祝いの言葉をいただきました。中でも一番うれしかったのは、市川森一さんの奥様からいただいたメールです。向田賞の第1回の受賞者が、僕の尊敬する市川森一さんなんですよね。実を言うと、自分の力が向田さんや市川さんに到底及ばないことは分かっているから、欲しいけどもらってはいけない賞だとずっと思っていたんです。向田賞の審査員を務めてらっしゃった市川さんも、そのことはご存知でした。僕のことを推薦してくださったこともあったみたいで。だから今回、奥様から『市川も喜んでいると思います』とメールをいただいた時、なんだかとってもホッとした気分になりました。もちろん、自分が市川さんと並ぶとは未だに思えないんですけどね。そうそう、向田さんと僕はイニシャルが同じなんです。これは僕の自慢。それと、市川さんは名前が左右対称で僕もそう。これも自慢です」
――執筆中、向田さんの本を常にデスクに置いていたと語られましたね。向田さんは「だいこんの花」(1970年~77年/現・テレビ朝日系)、「寺内貫太郎一家」シリーズ(TBS系)など、ホームドラマの傑作を遺しています。「鎌倉殿の13人」(22年/NHK)には、権力闘争の激しい場面とともに北条家のホームドラマ的な楽しさもありました。
「毎回、脚本を書く時は、必ず向田さんの作品を読み直して、どうすれば向田さんに近づくことができるかを考えます。今回のドラマの種を明かしますと、鎌倉の御家人たちのセリフは『寺内貫太郎一家』の職人たち、北条政子と実依は『阿修羅のごとく』(79年、80年/NHK)の姉妹と、向田さんの作品を参考にしました。だから審査員の坂元裕二さんが、僕の脚本に向田さんの匂いを感じたとおっしゃってくださったのが、何よりうれしかった。さすが分かっているなって。あれ、毎年おっしゃっているわけじゃないですよね」
――今回の受賞理由は、「歴史上に名はあるが、顔は見えない人々に個性ある表情と現代に通じる軽快な言葉を与え、北条義時をはじめ、その一族の人間臭い複雑な心理を見事に描いて、150年に及ぶ時代の礎を築くプロセスを喝破した。その手腕はさすがというほかはない」。この講評を、どのように受け止めていますか?
「同業者の方にそう言っていただけるのは、とても照れ臭いけど、相当うれしい。感謝の気持ちでいっぱいです。ただ、僕は意図してああした言葉遣いをしたわけではなく、それ以外では書けないというのが、本当のところです。第1回で北条時政(坂東彌十郎)が言った『首ちょんぱ』という言葉も、何も考えずにさらっと書いたら、オンエア後に非常に波紋を呼んだ。あの時代ではあり得ない言葉だって。びっくりしました、へえ、そうなんだって。後から聞いたら、時代考証の先生たちには抵抗があったみたいだけど、清水プロデューサーが説得してくれたらしいです。最終的には『歴史上、時政が一番最初に「首ちょんぱ」と言った人にしよう』と開き直ることになったんだけど(笑)。僕としては狙ったわけでもないし、知識が足りなかっただけのことなんですよね。お恥ずかしいです」
――審査員の池端俊策先生は、「『向田賞』はオリジナル作品に絞って選ばれる。オリジナル作品は、脚本家の顔が一番よく分かる。この賞には、顔の見える脚本家を選び、大きくなってほしいという希望がある。三谷さんの顔は知らない人はいない。今ごろ受賞されるのか、と思われるかもしれないが、今年はいい脚本家を選ぶことができた」と、今回、審査員全員一致での受賞決定だったと明かされました。
「審査委員の方々と僕が並んでいると、誰が受賞者か分からないくらいフレッシュな感じがないですよね(笑)。すみません…。最近は若い受賞者の方もたくさんいらっしゃるから、僕はもう声が掛からないものと思っていました。“お前も小さくまとまらないで、もっと頑張ってみろ”とエールをいただいた気持ち。まだまだ伸び代のある人間なので、やってみます」
――「鎌倉殿の13人」は放送中、Twitterでトレンド入りが続き、SNSで話の先を予想されるほか、最終回がどうなるか、と多くの考察がされました。そうした反響は予想していましたか。
「思っていませんでした。もちろん視聴者の方たちの声は届いていましたが、執筆にあたって、それを意識するということはなかったですね。大河ドラマの脚本は、オンエアの反響が届く時点で僕は、ずっと先の回を書いているので、反響に左右されることはなかったです。善児(梶原善)の人気が出たので、一番いい時に早めに退場させようとか、そういう計算はありましたけど。『オンベレブンビンバ』の時は、予告編でこの言葉が流れてから、一体どういう意味なのか、とさまざまな考察がツイッターにあがった。大した意味はなかったので、非常にいたたまれなかったのを覚えています。深読みをしてくれる視聴者の方々には頭が下がりました」
僕はあまりお喋りではないけれど、僕の“ホン”はお喋りかもしれない
――向田邦子さんは生前、「脚本家の資質は、嘘つき、お喋り、胃が丈夫」と仰っていたそうです。
「僕も“嘘つき”はありますね。このドラマの執筆時も、書けていないけどもうすぐ書き終わるとか、(清水拓哉)プロデューサーに嘘をつきっぱなしでした。心配させたくないという配慮でもあるんですけどね。ただ台本を書くということの解釈の問題もあるんです。一般的には、原稿になった時が書いた時なのかもしれないけど、僕は、頭の中で出来上がったら、それはもう書いたということですから。あながち嘘ではない。苦しいですかね。脚本家という仕事は人間を悪くする…」
――“お喋り”と、“胃が丈夫”についてはいかがでしょうか。
「僕は普段そんなに喋らないし、コミュニケーションとるのは苦手だしな。ただ、僕の書く“ホン”はお喋りかもしれない。セリフが多いし。情報量も多い。特に大河は言いたいこと、言わなきゃいけないことが山ほどあるから。第一稿、第二稿、第三稿と削る作業は、毎回戦いでした。『だいたいパソコンの原稿用紙25枚くらいでお願いします』と言われていたとしても、『今回は重要なシーンが多く芝居が重くなりがちなので、20ページに削ってほしい』とお願いされたり。決定稿になってからも、タイムキーパーさんが読んで、あと2ページ削ってほしいとなることも。本当は削りたくないんだけれど、ここで削らずに編集で削られて辻褄が合わなくなるよりは、僕が脚本で縮めておいたほうが作品としては絶対良いに決まっている。そう思ってセリフや構成を変えたりする状況は、何度もありました。まあ、テレビドラマってそういうものだと思っているし、それがパズルを解いているみたいで楽しかったりもするんですけどね。“胃が丈夫”というのは、どういう意味かなあ。ストレスに勝つということかな。だとしたら、このドラマではあんまりストレスがなかった。もともと、お腹を壊すタイプじゃないし、本当に楽しく仕事をさせてもらいました。その分、プロデューサー、時代考証の先生、スタッフの皆さんはお腹を壊していたのかもしれない。そういうのって僕の耳には入りませんからね。『誰々がお腹壊しましたよ』とか。だとしたら、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
――授賞式には、小栗旬さんはじめ、出演者、スタッフ、そうそうたる皆さんが集合され、さながら同窓会のようですね。
「僕は普段、俳優さんと会ってお酒を飲んだりはしません。あまりそういう付き合いをしないタイプ。理由はあるんです。『鎌倉殿の13人』で言えば、こんなに素敵な企画を僕にやらせてもらえて、清水プロデューサーや時代考証の先生が、親身になってサポートをしてくれた。チーフ演出の吉田(照幸)さんはじめ、素晴らしいスタッフが全力でドラマ化してくれたお陰で、俳優さんも素敵に輝いていた。僕が作ったものをみんなが何倍も素晴らしくしてくれる。脚本家としてこんなに幸せなことはない。本当にこれ以上ないのに、その上、なんで飲みに行かなくちゃならないんだ! そりゃ、行けば楽しいに決まっているんですよ。でも、『お前はそんなに幸せなのに、まだ望むのか!』と、神様に言われているような気がしてしまうんです。でも、今日(向田邦子賞授賞式当日)は許してほしいな。懐かしい顔が集まって、同窓会みたいで。僕は本当に幸せ者です。今日は楽しみたいと思います。皆も楽しんでいってほしい。僕は式が終わったら、走って帰りますけどね」
■Prolife
三谷幸喜(みたに・こうき)
1961年7月8日、東京都出身。日本大学芸術学部演劇学科在学中の83年に、「東京サンシャインボーイズ」を結成する一方、放送作家として活動。劇作家、演出家として多くのプロデュース公演で作品を発表しているほか、脚本家として「古畑任三郎」シリーズ(フジテレビ系)、「王様のレストラン」(95年/フジテレビ系)、「今夜、宇宙の片隅で」(98年/フジテレビ系)、「名探偵・勝呂武尊」シリーズ(フジテレビ系)、大河ドラマ「鎌倉殿13人」(NHK)ほか、大ヒットドラマを多数手掛ける。作・演出を手掛けた舞台『笑の大学』(内野聖陽、瀬戸康史出演)が、6月24日(土)にWOWOWライブにて放送・配信。さらに、作・演出を努めた舞台『オデッサ』(柿澤勇人、宮澤エマ、迫田孝也出演)の上演を、24年1月に控える。
「鎌倉殿の13人」
NHK総合ほか(2022年)
※NHKオンデマンドで全話配信中
取材・文/ペリー荻野 撮影/蓮尾美智子