推しの作家さま #23  橋部敦子さん

2023/11/27 17:05

 今回の注目のドラマ脚本家は、テレビ朝日系木曜9時に放送中の「ゆりあ先生の赤い糸」を執筆している橋部敦子さんです。

「モコミ」をはじめ、登場人物の心がリアルに響く脚本を手掛ける橋部敦子さん

 橋部敦子さんは、フジテレビヤングシナリオ大賞の佳作入選をきっかけにデビュー、90年代から現在まで多くのヒット作を持つベテラン脚本家です。「僕の生きる道」(2003年、カンテレ)を第1作とする“僕シリーズ”はじめ、「不毛地帯」(09年、フジテレビ)、「フリーター、家を買う。」(10年、フジテレビ)、「遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル~」(12年、フジテレビ)、「僕らは奇跡でできている」(18年、カンテレ)、「6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱」(23年、テレビ朝日)など、代表作には事欠きません。21年の「モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~」(テレビ朝日)では第39回向田邦子賞も受賞しています。

 オリジナルから原作ものまで自在にこなし、さまざまなジャンルの作品を手掛ける橋部さんですが、その大きな特徴は、真摯なテーマを扱いつつも常に親しみやすいタッチが意識されているという点でしょう。“僕シリーズ”や「フリーター、家を買う」など、社会性の高い題材を扱ったドラマはもちろんですし、「僕らは奇跡でできている」や「モコミ」のように、一見雲をつかむようなというか、ひと言で表現しにくいようなテーマの作品も、常に日常生活をベースに描かれていて、登場人物の心がリアルに響きます。

橋部作品には、令和の今だからこそ書ける新しいホームドラマへの期待を感じます

 近年は特に、「自分」と「相手」の壁、「自分」と「社会」の壁、さらには「自分」と「自分の心の中」の壁をどう乗り越えるか、というようなデリケートな問題にも果敢に挑んでいます。それでもドラマ空間に対する親しみやすさが失われていないというのは、見事というほかありません。

 そしてもうひとつ。近年の橋部作品には、令和の今だからこそ書ける新しいホームドラマへの期待を感じます。家庭の形がひと通りでなくなった現在、ドラマの中では多種多様な家族が描かれるようになりました。いわば、かつてのようなホームドラマが作りづらくなった時代でもあります。それでも家族を描くことは、テレビドラマの大きな可能性であり、同時に大きな使命だとも言えます。「岸辺のアルバム」「北の国から」の昔から、“家族の再生”はテレビドラマの根幹を貫く大きなテーマでした。そして近年の橋部作品にも、この“家族の再生”が共通するテーマとして登場してきます。「僕らは奇跡で生きている」も、「モコミ」も、「6秒間の軌跡」も、それぞれが自分たちだけの家族の形を模索する物語でした。

複雑極まる令和の家庭空間がなぜかとても心地よく感じられるホームドラマ

 そして現在放送中の最新作「ゆりあ先生の赤い糸」こそ、まさに令和の今を如実にアップデートした最新モデルの家族再生ドラマでしょう。入江喜和さんの原作自体が、現在の家族が直面するであろうさまざまな問題をすべて詰め込みつつ全力疾走していて秀逸なのですが、ドラマも素晴らしい。

 なにより主演級を惜しげもなくそろえた配役が圧巻です。力のある俳優たちの競演はテレビドラマを見る醍醐味です。特にりっくん役の鈴鹿央士さんのエモーショナルな演技は特筆すべきでしょう。そして主演のゆりあ先生役・菅野美穂さんの圧倒的な存在感とバイタリティー。怒とうの様に押し寄せる「日常」を、最適解かどうかはともかく、とりあえずテキパキ判断し実行していくゆりあ先生の生活力を抜群のリアリティーで体現しています。

 さまざまな問題が襲い掛かる中で、なにより介護を、それも親世代ではなくクモ膜下出血で倒れた夫の介護を中心においているのが絶妙で、その後に降りかかる夫の不倫相手(それも男性の)やら、面倒を見ていた母娘やら、姑・小姑やら、若い想い人やらの問題がすべて夫のベッドサイドに集結していきます。そして夫の回復が彼らの時間の経過をも物語る。その舞台装置の妙に加えて、橋部さんならではの軽快なタッチも相まって、この複雑極まる令和の家庭空間がなぜかとても心地よく感じられるんですね。これぞホームドラマならではの安定感だと思います。

 6話では、想い人・優弥(木戸大聖)の父(宮藤官九郎)と80‘sロックのアラフィフトークで盛り上がっていたゆりあ先生ですが、彼女が今年50歳だとすれば、ラブストーリードラマ全盛の90年代前半にはちょうど大学生。あれからいろいろ乗り越えてきて、確かにまだまだ奮闘してくれそうな、バイタリティーあふれる世代です。ゆりあ先生、もう2話くらいから「これだけ問題が山積みなんだからもう何があっても驚かない!」という顔になってましたからね。ここからのゆりあ先生がどんな未来を選び取るのか、そして橋部さんがどんな令和の家族像を見せてくれるのか。楽しみに見ていきたいと思います。

「ゆりあ先生の赤い糸」放送情報

テレビ朝日系

毎週木曜 後9:00~9:54

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文/武内朗