今年で42回目を迎えたドラマ脚本家への最高の栄誉・向田邦子賞。源孝志氏の「グレースの履歴」が受賞して無事に幕を閉じましたが、初めて向田邦子賞の審査の過程を取材した「TVガイドみんなドラマ」スタッフは、現場の緊張感に驚きの連続でした。長年向田邦子賞を取材してきた先輩記者に、賞の重みや脚本家で見るドラマの面白さについて聞きました。
脚本の面白さからすべてが始まっている。そんなドラマを生み出す作家の方々を讃えたい
みんなドラマ担当・A「今回向田邦子賞を初めて取材させていただいていろいろ発見したことがあって、いい機会なのでちょっと聞かせてもらっていいですか?」
先輩記者・B「うん、よろしくお願いします」
A「まず一番印象的だったのが、ノミネートされた先生方がみなさん『候補になっただけでうれしい』とすごく喜んでくださっていたことで。候補になっただけでそう言っていただけるというのが、驚きでした」
B「今年は事前に候補者を公表するようにしたからね。前回までは非公表だったから、ご本人にはお伝えしても、局の方や周りのスタッフには正式にはお伝えしていなかった。だから今回はみなさんでノミネートを喜んでくれている感じがあって、公表することにしてよかったなと思った。あと今はみなさん、SNSとかで自分で発信されるようになって、直に反応が伝わるからね」
A「正直、ああこんなにスゴイ賞なんだとあらためて認識したというか(笑)。これは読者のみなさんにも、向田邦子賞がいかにスゴイ賞であるかをぜひ知らせなきゃと思ったんです。いまさらですけど」
B「ホントいまさらだよ(笑)。まあ『TVガイドみんなドラマ』みたいなドラマに特化したweb媒体ができて、そこで候補者やノミネート作品についてきちんと特集してくれたのも大きかったと思うけど、やっぱり40年の歴史の重みだよね」
A「過去の受賞者の顔ぶれがすごいですもんね」
B「ね(笑)。あとみなさん受賞後もますます活躍なさってて、そのことも賞の価値を上げていると思う」
歴代受賞者はこちら
B「今回はノミネートされた作品が非常にばらけていたっていうか、バラエティーに富んでいたよね」
A「そうですね」
B「年度によってはこれまで何度も候補に挙がっていた作家の方が念願の受賞を果たすっていうパターンもあるんだけど、今回はみなさん初めてのノミネートで、しかも作風がそれぞれ個性的でどの作品が受賞してもおかしくない状況だったから」
A「金沢知樹さんの『サンクチュアリ-聖域-』(Netflix)は、ネット配信ドラマとして初めてのノミネートでした」
B「『グレースの履歴』(NHK BSプレミアム)の源孝志さんが60代で受賞した一方で、『わたしの一番最悪なともだち』(NHK総合)の兵藤るりさんは20代でのノミネートだった。上田誠さんが得意の時間SF『時をかけるな、恋人たち』(カンテレ)で候補になったのも画期的だった」
A「確かに幅が広かったですね」
B「ネット配信ドラマの初ノミネートもそうだけど、いろいろな意味で時代を感じたよね」
A「それから選考会にも初めて参加させていただいて。まず選考委員の顔ぶれに圧倒されました」
向田邦子賞選考委員会
大石静 (第15回向田邦子賞受賞)
大森寿美男(第19回向田邦子賞受賞)
岡田惠和 (第20回向田邦子賞受賞)
大森美香 (第23回向田邦子賞受賞)
井上由美子(第25回向田邦子賞受賞)
坂元裕二 (第26回向田邦子賞受賞)
B「みなさん第一線で活躍中の方ばかりだからね」
A「選考委員の方々の発言を聞いていて思ったんですけど、ことばの端々に脚本のスゴみっていうんですか? 脚本から立ち上がってくるドラマを読み取るエネルギーみたいなものをすごく感じて。脚本には完成したドラマを映像で見るのとはまた違う迫力がありました」
B「人によって脚本のスタイルがあるんだよね。セリフのテンポでドンドン乗せていったり、ト書きに工夫があったり、みんな違う」
A「あくまで“優れた脚本”に贈られる賞だっていうことなんですね」
B「そう。だから単純に“いいドラマ”に与えられる賞ではないんだよね」
A「どういうことですか?」
B「いいドラマとか面白いドラマっていろいろな形がある。演出によって面白くなっているドラマもあるし、プロデューサーの力量が大きい場合もある。複数の脚本家がアイデアを出し合って、チームとして取り組むことで面白くなるドラマもある」
A「最近多いですよね。海外ドラマの影響でしょうか?」
B「そうね。でも昔はほとんどがそういう作り方だったけどね。『水戸黄門』(’69年~/TBS)とか『太陽にほえろ!』(’72~’86年~/日本テレビ)とか『パパと呼ばないで』(’72~’73年/日本テレビ)とか。いまでも『相棒』(’00年~/テレビ朝日)とかはチームで作っているでしょう」
A「そうですね」
B「そんな中で次第に、優れた作家の“いい脚本”からすべてがスタートしているドラマというのが生まれてきたわけ。“いい脚本”っていうものが確かに存在するんだ。それが演出家を刺激し、現場を鼓舞し、ドラマをさらに面白くする。向田邦子さんの作品がそうだったように。そういう優れた脚本を生み出す作家の方を讃えたい、というのがこの賞のそもそもの目的だから」
A「そうか。考えてみるとドラマを見るとき脚本家の名前をそこまで意識していなかったかもしれないです」
B「だから脚本家の名前でドラマを選んでみるのも面白い。今でも三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんなどは名前で選ばれているかもしれない」
上川隆也のセリフ「存在を反省しろ」にはしびれた!「滅相も無い」の脚本は、本当の会話をそのまま隣で聞いているよう
A「ほかにおすすめの作家の方はいますか?」
B「たくさんいるけど、まずは過去の向田邦子賞の受賞者の作品をチェックするのが一番じゃない? いま放送中のドラマでも、大石静さんの『光る君へ』や吉田恵里香さんの『虎に翼』(ともにNHK総合)なんかまさに脚本の力がドラマ全体をリードしていると言っていいと思う。あと井上由美子さんの『Believe―君にかける橋―』(テレビ朝日)なんかもスゴいよね。林区長(上川隆也)の『存在を反省しろ』ってセリフとか、しびれたもんねー」
A「橋部敦子さんの『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱』(テレビ朝日)もありますね。あれ大好きです」
B「2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』は森下佳子さんだしね。配信ドラマにも坂元裕二さんや岡田惠和さんら受賞者が続々起用されているし」
A「今回ノミネートされた方々とか、好きだったドラマの脚本家のほかの作品に注目してみるのもいいかもしれませんね」
B「お気に入りだった別のドラマが実は同じ作家の手になるものだったりしてね。調べてみると面白いかも。最近気になる脚本家の人っている?」
A「『滅相もない』(MBS)の加藤拓也さんですね」
B「あー(笑)。いいね」
A「すごく面白いです」
B「『きれいのくに』(NHK総合)とかも良かったし。メーテレでやってた『わたし達はおとな』とか。個性がすごいよね」
A「セリフが自然なんです。誰かがしゃべっているのをそのまま隣で聞いているような感覚っていうんですか」
B「ホントにそうだよね。そういう意味ではやっぱりテレビドラマはセリフだね。よく選考委員の方々もおっしゃるけど」
A「そうなんですよ」
B「まあでもいいセリフって言ってもいろいろな良さがあるからね。自然な良さもあるし、さっきの『存在を反省しろ』みたいにひと言ですべてをブレイクスルーしちゃうような決めゼリフがあったり。そこが作家の腕の見せどころというか」
A「なるほど。そう考えると、向田邦子賞がオリジナル脚本にこだわっているのも分かる気がします」
B「そうだね。面白いドラマを作るやり方はいくつもあるし、どれが正解ということはないけど、すべての土台となる台本、脚本を、ゼロから生み出す作家の方々に敬意を表したいという部分は忘れたくないよね」
※「TVガイドみんなドラマ」では、今後も向田邦子賞についてさまざまな角度からスポットを当ててまいります。ご期待ください!
記事中で紹介したおすすめドラマ情報
グレースの履歴
NHKBSプレミアム 2023年3月~5月に放送
大河ドラマ「光る君へ」
NHK 総合ほか
毎週日曜 後8:00~
連続テレビ小説「虎に翼」
NHK総合ほか
毎週月曜~土曜 前8:00 ~
Believe-君にかける橋-
テレビ朝日系
毎週木曜 後9:00~
6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱
テレビ朝日系
毎週土曜 後11:30~
滅相も無い
MBS
毎週火曜 深0:59~(TBS 深1:28~)
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構成・文/武内朗