推しの作家さま #22 生方美久さん

2023/10/30 12:12

 今回の「推しの作家さま」は、最も注目されている脚本家と言ってよいでしょう。フジテレビ系列で木曜夜10時から放送中の「いちばんすきな花」を執筆している生方美久さんです。

誰もが感じていることを、誰も書いたことのない言葉で表現

 生方さんは、昨年秋に放送され、多くの熱狂的なファンを生んだ連続ドラマ「silent」(22年/フジテレビ系)で一躍その名を轟かせることになった新進気鋭の女性脚本家。第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞した「踊り場にて」のドラマ化が21年の年末なので、そこから1年足らずでの連ドラデビューでしたが、それがいきなりの大ヒット。その鮮烈なデビューは、テレビ界のみにとどまらず各界で大きな話題となりました。ドラマの新人脚本家にこうしたスポットが当たるのは大変珍しいことです。

 彼女がなぜそれほど大きな注目を集めたかといえば、「silent」というドラマの魅力の源泉が生方さんの脚本に負うところが大きく、これが誰の目にも明らかだったからでしょう。もちろん、ドラマの作られ方にはさまざまなスタイルがありますが、一人の作家が紡ぎ出す独特のドラマ空間を楽しむことは、日本のテレビドラマが持つ大きな魅力の一つですからね。生方さんの「silent」は、そんなドラマの楽しみ方を思い出させてくれました。

“あるある”ではなく、“ないない”の共感を誘うリアリティー

 生方ドラマの最大の特徴は、その細部に宿るリアリティーです。「いちばんすきな花」でも、「セリフが刺さる」「共感する」という声がたくさん集まっています。ここで言う共感というのは、「よく耳にする」とか「経験したことある」というようないわゆる“あるある”の共感ではなく、「こういう表現を今まで聞いたことがない」「自分の感情をこんなに言い当てられたことはない」という、言わば“ないない”のリアリティーなのです。誰もが感じていることを誰も書いたことのない言葉で表すわけですから、やはりこれは才能と言ってよいと思います。生方作品は、そんな見えない共感を喚起してくれるのですよね(かつての名作を思い返してください。向田邦子さん、山田太一さん、倉本聰さんの時代から、テレビドラマを支えてきたのはこの“ないない”のリアリティーなのです)。

 第1回の「2人組を作ってください」という呪縛、第2回の交換ノートの終わり方、「ああそうだった、そうだった」と、登場人物たちと同様にトラウマを掘り起こされたという方もいれば、「そういう感情があるんだ」と初めて知った人もいるでしょう。自ら直接経験していなくても、その時の感情をまざまざと感じることができる。それこそが、優れたテレビドラマのパワーなのです。生方さんの書くドラマには確かにそんな力があります。余談ですが、知人の中学校ではこの2人組の葛藤を避けるためか、コンビを作るときは五十音順で組まされることが多かったそうです。「だから奇数の時、いつも私は先生と組むことになっていたのですよ」と、“わ”行の彼女は泣いていました。当事者じゃないと分からない苦しさがあるのですね。

 その繊細でたおやかなイメージとは裏腹に、生方脚本の最大の特徴は豪腕さにあると思います。状況設定やキャラクターの色に目を奪われがちですが、彼女の最大の武器は、有無を言わさず作品の世界に引きずりこむ腕力の強さ。これは技術を超えたある種の切り札と言えるでしょう。今後、どんな切り口でどんなジャンルのドラマ世界を切り開いてくれるのか、ますます楽しみです。

恋人でも友達でもない。不思議な関係を保つ4人が続ける航海

 そして「いちばんすきな花」。多部未華子さん、松下洸平さん、今田美桜さん、神尾楓珠さん演じる、“2人”になれない4人の主人公たちは、恋人とも友達とも違う不思議な関係を保ちながら、それぞれの航海を続けていきます。何より4人を取り巻くサブキャラクターたちの多彩さが、世間というものの柔らかさや危なっかしさを表していて面白いです。個人的に一番刺さったのは、仲野太賀さん演じる赤田です。あの設定だとキャスティングによっては、「そうは言っても多少は恋愛感情あったんじゃない?」「(今のご時世)興味があるのは女性ではないってことかな?」など、勘ぐろうと思えば勘ぐることができる。でも太賀さんだと、「あぁ、男友達なんだろうな」と思えるんですよね。キャスティングの勝利でしょう。

 ほかにも、臼田あさ美さん、美保純さん、泉澤祐希さんや齋藤飛鳥さん、おのでら塾の生徒たちなど、気になる存在がたくさんいます。ラスボス感漂う斉藤由貴さんも登場してきましたし…。4人がそれぞれの旅路の果てに、どんな花を見つけていくのか。生方さんの密度の濃い脚本をじっくりと味わいながら、4人の行く末を最後まで見守っていきましょう。
  

「いちばんすきな花」放送情報

フジテレビ系
毎週木曜 後10:00~10:54

  

「推しの作家さま」関連おすすめ記事

文/武内朗