推しの作家さま #20 長田育恵さん

2023/07/26 12:12

今回の「推しの作家さま」はお待ちかね、今放送中のNHK朝の連続テレビ小説「らんまん」を手掛けてる長田育恵さんをご紹介します。

才能を信じて進む万太郎を中心とした、完成度の高い群像劇「らんまん」

長田さんは、数々の演劇賞を受賞し、演劇界ではすでに確固たるポジションを確立している人気の劇作家です。ミュージカルから能楽まで幅広いジャンルの作劇を担い、自ら劇団てがみ座の主催を務める一方、近年では劇団四季の「ロボット・イン・ザ・ガーデン」(2020年)や、劇団民藝の「レストラン『ドイツ亭』」(22年)など、他劇団の話題作も手掛けています。本格的にテレビドラマを書き始めたのはそれほど前のことではありませんが、志賀直哉原作、本木雅弘さん主演の「流行感冒」(21年/NHK BS4K)や、詩森ろばさんと共作したシム・ウンギョンさん主演の「群青領域」(21年/NHK)、原田マハ原作、安藤サクラさん主演の「旅屋おかえり」シリーズ(NHK BSプレミアム)など、記憶に残るドラマをいくつも残しています。

長田さんの執筆する朝ドラ「らんまん」が、日本の植物学の始祖といえる著名な植物学者・牧野富太郎の生涯をモデルにした物語だと聞いた時、「なるほど」と思う反面、少し意外でもありました。「なるほど」と思ったのは、長田さんはそれまでも、実在の人物をモチーフにした優れた戯曲をいくつも手掛けていたから。そして意外に感じた理由は、その時代設定です。

「らんまん」の物語は、幕末から明治を舞台としています。最近の連続テレビ小説は、3代で100年を描いた「カムカムエヴリバディ」(21年)を別にすれば、「おかえりモネ」(21年)や「舞いあがれ!」(22年)など現代を舞台にしたもの、もしくは「まんぷく」(18年)、「なつぞら」(19年)、「エール」(20年)など、戦争を挟みつつ昭和を描いたものが多かったのです。ところが今回の「らんまん」は、そのどちらでもありません。

長田さんの手掛ける一連の戯曲には、“戦争”というテーマが大きく横たわっていて、それが大きな特徴となっています。また長田脚本による映像化作品では、困難や矛盾に満ちた“今”に翻弄されながら生きる市井の人々の心象風景が、ドラマの大きな魅力になっていました。どちらも長田さんの大きな強みであり、とても朝ドラ向きなのに、両方封印して挑むのかな、と少し驚いたのです。

ここまでドラマを見続けてきた方ならもちろんお分かりのように、「らんまん」の中には長田さんの強みが十二分に生かされています。さまざまな抑圧やしきたりのなかで、登場人物全員が、自らの存在を問い未来を見つめ、ウェルビーイングを求めて生きる姿は、感動的ですらあります。特に天狗こと坂本龍馬(ディーン・フジオカ)やジョン万次郎(宇崎竜童)、自由民権運動の早川逸馬(宮野真守)らに背中を押され、自らの「草花が好き」という才能を信じて突き進む万太郎(神木隆之介)の姿には胸を打たれます。また万太郎が、先達たちだけではなく、十徳長屋の人々や研究室の学生など多くの市井の人々から学び成長していく姿も、今作の大きな特徴です。万太郎を中心とした群像劇としての完成度の高さにも、長田さんの卓越した手腕を感じます。

寿恵子や綾、まつを通して、女性の自立と多様な生き方を応援

そしてもう一つ特筆すべきは、長田さんが「らんまん」に込めた、女性の自立と多様な生き方に対する力強いエールでしょう。特にヒロイン寿恵子(浜辺美波)のまとう自由な空気というか、夫に付き従い陰で支える、といった押し付けがましさを感じさせない嫌味のなさは、浜辺さんの好演もありますが、まさに長田さんの狙った部分でしょう。

寿恵子以外でも万太郎の姉・綾(佐久間由衣)、寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)、高遠の妻・弥江(梅舟惟永)、田邊教授の妻・聡子(中田青渚)、そして長屋の女性全員が、それぞれの立場で自分らしく生きることを求め、ドラマも彼女たちを応援しています。特にまつが寿恵子に語る「男の人のためにあんたがいるんじゃないの」とか「自分の機嫌は自分で取ること」といったセリフには、声高なアジテーションにはない、生活に根ざしたリアリティーがありますもんね。見事です。

連続テレビ小説は、女性主人公の一代記が多く放送されていますが、「カムカムエヴリバディ」や「らんまん」を見ていると、こうした時代に裏打ちされた群像劇こそが、多様な女性の共感を得る近道なのかもしれない、とも思います。万太郎のロマンの追い方もとても現代風ですよね。これだけやりたい放題なのに、自分勝手な傲慢さを全く感じさせない。これは今の時代、非常に重要な要素でしょう。“永遠の少年”である神木さんの力もありますが、やはり脚本の功績が大きいと思います。特に、寿恵子が夢見る夫を支える“苦労”をともに夢を叶えるための“推し活”と位置付ける視点は、朝ドラ史上画期的なものでしょう。

さあ、物語はここから後半戦。万太郎と寿恵子の冒険は、ここからが本番です。決して順風満帆ではない万太郎夫婦の旅ですが、長田さんの筆は2人の道を最後まで明るく照らしてくれるはずです。ワクワクしながら見守ることにしましょう。

「らんまん」放送情報

NHK総合ほか
毎週月曜~土曜 前8:00~ほか

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文/武内朗