「リバオケ」「ハマ蹴り」ドラマに欠かせない時計会社

2023/03/31 09:09

画面には映らないところでドラマ作りを支える、縁の下の力持ちにスポットを当てる本コラム。今回は“日本のドラマに一番協力している時計会社”を紹介します!

「持ち道具」という言葉をご存じですか? 「持ち道具」とは、出演者が身に着ける小物を用意する制作スタッフさんのこと。すべての出演者が着用するものを手配するとあり、出演者が大勢いるドラマの舞台裏は、細かい道具の用意で大忙し! ですが、そんなスタッフを助ける“味方”もたくさんいます。

そんな“ドラマの味方”を探す中で、毎クール数多くのドラマに協力をしている時計会社があることが判明!

その“日本のドラマに一番協力している時計会社”とは、株式会社和工。同社の代表取締役社長・佐藤勇さんに、時計協力をしている理由やこぼれ話、時計メーカーとしての矜持や思いを伺いました。

これまで貸し出した腕時計は、通算2,000本超え!

――エンドロールで特定した限り、冬ドラマだけでも「警視庁アウトサイダー」「ハマる男に蹴りたい女」(ともにテレビ朝日系)、「リバーサルオーケストラ」「大病院占拠」(ともに日本テレビ系)、「Get Ready!」(TBS系)、「罠の戦争」(フジテレビ系)など、多数の作品に時計協力をしていらっしゃいます。まずは、時計協力を始めた経緯などから伺えますでしょうか?

「時計協力をしているのは、当社の商品をいろいろな方に知っていただきたいというのが大前提にあります。きっかけは、最初『ドラマの制作さんが時計を貸してくれるメーカーを探している』というお話をつないでくださった方がいたんです。仕事というのはやっぱり人と人との繋がりが大切です。初めてのお話だったけれども、その方だったら信頼して良いかなということで、お願いしたという次第です。私どもとしては、少しでも当社の時計を目にしてもらえる方法になるんじゃないか、と。現代には、『時計離れ』という課題があって、時間を見るだけならスマートフォンという人が多くなっています。昔は、腕時計が進学などのお祝いの定番の一つでしたけれども、だいぶ減ってきている現状もあります。でもドラマの中で役者さんが時計を見るシーンがあれば、時間を見るという役割だけでなくファッションとしても腕時計を見てもらえるんじゃないか。当社の時計だけではなくて、腕時計をする人がまた増えてくれたら、という思いですね」


――どのくらい前から時計協力をされているのでしょう?

「おそらく10年以上、行っています」


――これまでで、かなりの数の時計を協力されたのでは?

「延べで数えて、ざっと通算2,000本以上はドラマに貸し出しをしてきました。その中で、実際に使用されたのが200~300本くらいだろうと思います」


――ドラマの制作スタッフから依頼が来た際、どのようなやり取りをされるのですか?

「役柄によって『これこれこういうイメージ』という依頼が来ると、それに対して当社のランナップの中から『こういうのはどうですか?』と提案する形です。役者さんがどなたまでは分からないことが多くて、おおよそのイメージで時計を選んでいきます」

――なかなか難しい作業ですよね。1つのドラマで、大体何本くらい貸し出しをするのでしょう?

「1人の役柄で、しかもイメージが固まっている場合は2~3本ですけれども、大抵は、10~15本くらいお貸し出しします。今まで一番多かった時で、1つの作品に25~30本くらい出したこともありました。その中で選ばれて使われるのが、多くて3~4本。1本という時もあります。基本的に当社の時計は、主役というよりは大勢の方に使用していただくことが多いので、なるべくいろんなタイプの時計を用意するようにしています」


――つまり、出演者の衣装合わせが行われた時に初めて、使われるかどうかが決まる。たくさん使われると分かった時は「よしっ!」という感じですか?

「ですね! 先に使わなかった分をお戻しいただくので、その数が少ない時は、『頑張って選んだ甲斐があったな』と嬉しいですよね。でも正直、たくさんのドラマにお貸し出ししているので、放送を追いかけて確認するのも全部はできていなくて、知り合いから『出てたね』と言われることもあるくらいなんです(汗)」


――ドラマによっては撮影するタイミングが早いこともありますし、貸し出した製品が登場する作品がいつの放送か、混乱することもありそうですね。

「確かに、だいぶ先の先品についてのお話を頂くことが、最近は増えました。え、半年先?? みたいな」

役柄に合う時計を選ぶ苦しみの一方、画面に映った時は何より嬉しい

――これまで、難しかったことはありますか?

「番組の担当者からイメージを伺った時に、当社の既成の製品にはぴったりのものがなくて、時にはバンドなどの組み合わせを変えたりして用意することもあります。あとはやっぱり、私自身が接点のない人物、例えば大学生の時計を選ぶのが難しいです。会社員ですと私もそうですし、周りにも居ます。高校生だったら学校で使うんだろうなとイメージが付きやすいし、制服という手がかりがあるんです。でも大学生の場合、一口に『大学生』といっても人物像の幅がすごく広いんですよね。真面目な人か、おしゃれな人か、など細かいことが分からない時もあって『大学生』というキーワードだけで選ぶのが難しい時があります」

――ネットで検索したりも?

「しています(笑)。ほかには刑事役の時計を依頼されることが多いです。ただ、残念ながら知り合いに刑事さんがいないんです。だから結果として、これまでにドラマで見た刑事さんのイメージで選んで出すしかない、ということになります。ところが、意外に刑事さん役で採用されることが多いので、『あながち外れてもいないんだな』と思っています(笑)。刑事さんに関しては、パターンがだんだん出来上がってきました。犯人を追いかけたり、張り込んだりするのに合うように、丈夫そうで、がっしりしている時計を選びます」


――ちなみによく採用されるブランドは?

「まんべんなく使っていただいている感じはしますけれども、多いのは『オレオール』か『クロトン』という、当社がメインで展開しているブランドの時計ですね。デザインの幅も広くて、販売の割合でいってもその2ブランドが多いので、使われるのも多いと感じています(写真下がクロトン)」

――お話を伺っていて、大変だけどもやりがいがありそうだなと感じます。

「こういった作品作りに携わることは、めったにできない経験ですから、当社の商品が作品の中で使われることも喜びですし、自分たちなりに『こういうのが合うかな?』と知恵を絞って選んだ時計が使われていると、『合っていたんだ!』と楽しくなります(笑)。『使用が決まりました』というご連絡を頂いたり、放送を見て、『このシーンで使われた!』と分かったりするのが嬉しいです」


――放送中の冬ドラマでは、そういった発見はありましたか?

「『リバーサルオーケストラ』の、受験生の娘を持つ団員のみどり(濱田マリ)が、夜の土手でヴィオラの練習をしているシーンで、家に帰らなきゃと時間を確認した腕時計が当社の時計でしたので『よし!』と(笑)」

部品のメーカーから出発し、完成品を販売する「時計メーカー」に

――そんな和工さんは、元はケースメーカーだったところから時計メーカーになられたそうですね。(時計のケース…基幹部品であるムーブメントや文字盤、針などを包む外装部品)

「1964年に父の兄弟たちで加工業を始めたのが最初です。もともと親戚に時計業界の人間が多かったんです。親戚が営んでいる部品メーカーで父たちが修業をして、兄弟で時計の加工の会社を始めたんですね。そこから派生してケース加工以外の工程も請け負うようになって、やがてガラスまでつけて、ケースの完成品を大手さんに納品するというところまで来たんです。時計って、すごく細かい分業制になっているんです。文字盤は文字盤メーカーさん、ムーブ(メント)はムーブメントメーカーさん、針は針メーカーさん、と、いろんな部品が同時進行で作られていって、最後に組み立て工場で完成するんです」

――なるほど、それだけ一つ一つに手間が掛かっているんですね。

「皆さんが思っている以上に、作るのはすごく大変(笑)。自動車と似ていて、それぞれの部品の専門メーカーさんがあります。リュウズ(針を合わせたりするネジのようなツマミ)も専門メーカーがあるんですよ! 当社はその中でケースメーカーだったんですね。それを最終的には、自社で組み立てができるようにして、完成品を販売するようになりました」


――最初のブランド「オレオール」(写真下)というのは、1895年にスイスで生まれた歴史あるブランドということですが?

「もともとスイスで生まれたブランドです。当社が日本での販売ライセンスを取得して、製品企画をして日本での商標権を取って始めた、という流れです。当初はスイスのクオーツムーブメントを輸入して、日本で組み立てて販売していたんですけれども、コスト競争の時代になって、国産のクオーツムーブメントがコスト的にも質的にも優れていたので、結局日本のクオーツムーブメントに仕様変更したりなどの変遷を経て今に至ります」

――現在では5つのブランドを展開するまでになりました。

「はい。常に新しいブランドは作っていかないといけませんよね。その中でも、ずっと作り続けているのは父親たちが腕時計の完成品として最初に作り始めた『オレオール』です。それは基本で、これからもずっと続けていく。そこに自分たちで新しいものを加えて展開してきたという形ですね」

社員全員で毎日のように会議してデザインを造った「WACOCORO」

――最近、力を入れている製品は?

「日本製にこだわっているブランド『WACOCORO』です。バンドの専門メーカーさんも国内にあって、職人さんがいるんです。その職人さんが型を抜いて縫って作ったバンドを使い、当社で作ったケースと組み上げて製品にしています。バンドには畳のヘリ生地を使用したものや(下の写真上)、鹿の皮をなめしたものに漆で模様をつけた『印傳(いんでん)』という生地を使用した製品もあります」

『印傳』を使用した製品(写真上)

――文字盤も、とても印象的です。

「WACOCOROという名前の通り、和風の文字盤にしたくて、紅葉やトンボなど、日本を感じるモチーフを取り入れています」


――専門のデザイナーの方がいらっしゃるのですか?

「いやこれは、社員のみんなで完成させたんです(笑)。だから立ち上げの時はしばらく、常にみんなで会議をしていました。サンプルが上がってくると、『どれが良い、あれが良い』と議論しまして、時間もかかりました。企画が決定するまでに1年くらいかかりましたね(笑)」


――女性にも好まれそうです。

「WACOCOROは、女性からの支持のほうが多いですね。基本的に、男性は防水が良い、ソーラーが良いといった機能を重視していて、女性はデザインで選ぶ方が多いですね」


――「リスニー」(写真下)という、電子マネーの楽天Edyが使えるブランドについてもお話を聞かせてください。10年以上前の発売と、時代を先取りしていましたね!

「『これからは電子マネーだ!』と思って作ったんですけれども、実はリスニーは完成までが本当に大変でした。電子マネーの決済機能を付けるには厳しい規格がありまして。簡単に言うと、時計に電波が出るチップを内蔵して、その電波を電子マネーの機器が拾う仕組みなんです。それが、機器にぴったりくっついた状態で反応するだけではなく、何センチか離れていても反応しないといけない、というルールなんです。でも、時計のケースみたいな干渉する物があると機器が反応しないんです。そこをクリアするのが大変でした。通常の文字盤は、ベースは金属で、その上にいろいろ加工をするんですけれども、金属だと電波を遮っちゃう。だからオリジナルにプラスチックで作って。針も金属だけど、面積が小さいからモノによっては遮らないとか、電子マネーの反応を調べる機械を買って、毎日試していました(笑)」

――時計のブランドの新規立ち上げは想像したことがなかったのですが、想像以上に大変なんですね。

「きっと、皆さんが想像するよりも時間と労力がかかります。新ブランドを立ち上げるのはパワーが要りますよ」


――現在は、新商品、新ブランドの計画はあるんでしょうか?

「あります! 今までの当社にはないイメージで、新しいターゲット層を狙うブランドを立ち上げる予定です。まだ絵の段階で、サンプルもできていないのでお見せできないのが残念です」

お客様からの手紙や、愛用している姿を見るたびに報われる

――では、ここまで読んでくれた読者の皆さんに、時計に関するアドバイスがあれば。

「時間を確認するだけならスマホで良いですが、ドラマの中で役者さんを通して、スマートさやファッション性など腕時計ならではの良さがあることを知っていただきたいです。その上で、自分が気に入った時計を身に着けてもらうのが一番良いのではないかと思います」


――例えば、腕が細めの男性に合う時計はありますか?

「そういう方にはボーイズサイズといって、レディースとメンズの中間のサイズがありますから、ぜひ試してみてください。当社も少しあります。一つの商品で大中小とサイズを揃えている商品がありますよ」


――そしてもう一つ、金属アレルギーのある方でも愛用できる時計は…。

「金属アレルギーの場合は、ラバーやシリコンのバンドが良いです」


――なるほど、今はさまざまなタイプがあるんですね。

「ステンレスはニッケルが入っているのでアレルギーが出やすいんですけども、ニッケル含有量が少ないステンレスがあるんです。『WACOCORO』は、さらに含有量が少ないステンレスを使っているモデルもあります。このアレルギーが出にくいモデルは、今一番販売数が伸びているので、今後はこのモデル中心でやっていきます」


――アパレルや雑貨のブランド、さらには、お店の時計も作られているそうですね。

「アパレルさんの、ブランドロゴ入りの時計を作らせていただいたりしています。名前は表に出てこないですけど、他社さんのブランドの商品ですから、こちらもしっかり作っています。当社は主な生産拠点が今は海外にありますが、日本に入ってからも、自社で検品をしっかり行い、二重チェックをしています。その結果、当社で修正することもあります。やっぱり品質は当社の生命線だと思っているので、とにかく品質は落とさない。使っていて、すぐ壊れちゃったら悲しいですよね。たまにアフターサービスで、十何年使ってくださっている当社の時計を直したりすると、『プレゼントでもらった時計だったから、直してもらってありがとうございます』って。お手紙を頂いたりすることもあります。そう言っていただけると、しっかり作っていて良かったなと思います」

――嬉しいですね!

「ユーザーさんから電話が来ることもあります。『これ使ってるんだよね』と言われたモデルが、私が入社する前のモデルで驚いたり、たまに、自分には分からないくらい昔のモデルとか(笑)」


――アレルギー対策、検査体制やアフターサービスなど、公式サイトには、お手入れの説明書も掲載されており、時計への愛情の深さを感じました!

「ありがとうございます。私たちは時計を作ることしかできないですから(笑)」

■お話を伺ったのは…
株式会社和工代表取締役・佐藤勇さん


父を含めた4人兄弟で時計メーカーを営む“時計一家”に生まれ育つ。社会人経験を経て2000年に和工へ入社。父、叔父の後を継いで3代目社長となる。

株式会社和工
半世紀を腕時計一本で生業を立てる時計メーカー。1964年7月、腕時計のケース工場として戸田市に和工製作所を創業。その後、1984年に「AUREOLE(オレオール)」ブランドを継承し、腕時計の製造・販売を開始した。現在は「AUREOLE」に加え、日本伝統の工芸技術を用いた材料を使用する「WACOCORO」や電子マネーEdyの決済ができる「RISNY」など5つのブランドを展開する。

本社1階の場に潜入!
取材に訪れた本社1階は、試作品や国内で修理を行うための工場。

「下町ロケット」感あふれる工場内。国内でも保有している会社が減っている貴重価値のある機械がずらりと並ぶ。

旋盤という機械。時計の裏蓋を取り付け、回転させながら、円状を描く模様を入れていく。

部品の加工をする際に固定するジグというパーツを磨く機械。火花が散る様子は、最もテンションが上がるポイント。



撮影/武重到