「今を生きる人々を描くホームドラマ」脚本・野木亜紀子×演出・土井裕泰対談――新春ドラマ「スロウトレイン」

2024/12/18 13:01

2025年1月2日(木)午後9時から放送される、TBS系の新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」。主演の松たか子はじめ、多部未華子、松坂桃李、星野源、チュ・ジョンヒョクら、豪華なキャストが勢ぞろいすることも話題だが、「みんなドラマ」が注目したいのは、野木亜紀子脚本&土井裕泰演出という珠玉のコンビネーションだ。これまでも「重版出来!」「逃げるは恥だが役に立つ」などの連続ドラマや映画「罪の声」などでタッグを組んでいる2人だが、原作のないオリジナル作品での手合わせはこれが初めてなのだとか。お正月にふさわしい、優しい気持ちになれるホームドラマに仕上がったという最新作について、話を聞きました。

松たか子さんを中心に3人姉弟による、鎌倉と韓国を結ぶホームドラマを構想

――今回は土井さん初めての野木オリジナルドラマとなりますが、テーマがホームドラマということで。

土井「はい。野木さんは、やるとなると徹底的に取材や下調べをする人ですが、今回は忙しい中で急に時間を空けてもらったこともあって、そこまで負荷の大きいものではなくて、今の社会で生きる人たちの悩みや多様性のリアルが見えるようなホームドラマができたらいいなと思いました」

――鎌倉と韓国が舞台というのも最初から構想がおありだったのでしょうか。

土井「鎌倉は“小津安二郎没後60年”のポスターを見たのがきっかけです。この何十年かの間に変わっていった家族の姿を描こうとしたとき、鎌倉を舞台にすることで、小津監督の映画にあったあの頃の家族像や結婚観が透けて見えて、今を生きる姉弟の物語にいい効果を与えるかもしれないなと」

――韓国は、かつて土井さんが手掛けた「フレンズ」でも舞台になっていました。

土井「ワールドカップを共催した2002年に『フレンズ』という日韓共同製作のドラマをやって。ドラマのテーマは、日本と韓国には政治とか過去の歴史とかいろんなわだかまりがあるけど、若い人たちが互いの文化を理解しあうことで越えていけるんじゃないかということだったんですが、今気が付いたら、本当に日本の若い女の子、男の子がみんな韓国のカルチャーやエンタテインメントに憧れて追いかけている。この20年間で起きた意識の変化を描きたいという思いがありました」

スロウトレイン対談記事写真1

――キャストの方ですと、まず松たか子さんが最初に決まったということですね。

土井「そうですね。まず松さんを長女にした3人姉弟というイメージが浮かんだんです」

――全員当て書きに近いとも伺ったのですが。

野木「脚本を書く時にはすでに魅力的な役者さんが集まっていらしたので、それぞれの方にどんな役をやってほしいかということでキャラクターを作っていきました。例えば松坂桃李さんは、江ノ電の駅員さんだとカッコ良すぎてしまうかなと思っていた時に、江ノ電で長く働いていらした駅長さんが“軌道”がいかに大切かということを書いた本を読んで、保線員というあまり目立たないけれど大事な仕事の設定になりました」

スロウトレイン対談記事写真2

――松さんについては?

野木「松たか子さんは独身女性がいいかなと。いま40~50代の独身女性も多いので、独身が主人公のホームドラマがあってもいいなって。多部未華子さんもそうです。一見明るく見えるけど、心の奥にいろいろな思いを抱えているというキャラクターも多部さんならいけるかなと思って書きました」

土井「松さんはフリーの編集者という役柄なので、女性編集者の方に何人か話を聞きましたし、チュ・ジョンヒョクさんの役柄に通じる韓国の独身男性にも結構取材しました。主に今のリアルな結婚観や恋愛観についてです」

野木「釜山でも聞いたし、こっちでも聞きましたね」

俳優さんの力で、長いシーンもあっという間に

――撮影していて楽しかったシーンはありましたか?

土井「基本的につらい思い出はないです。どのシーンも楽しかったです。これ長すぎないかなって心配だったシーンもあったんですけど、この俳優さんたちだったら大丈夫かなと思ってやってみたら、あっという間に終わったということが多くて。渋谷家の姉弟3人のシーンもそうだし、松さんと星野さん、リリー・フランキーさんや池谷のぶえさんのシーンなどもそうですね。いつまでも観ていられる」

野木「みなさんお上手ですから」

土井「俳優さんも皆さん脚本を読んで、このセリフはこうしゃべりたい、このシーンはこうやりたい、って来てくれている感じが伝わってきましたね」

スロウトレイン対談記事写真4
スロウトレイン対談記事写真5

オリジナル脚本を書くきっかけになった土井さんの言葉

――野木さんがnoteでお書きになっている、土井さんのスピーチが「アンナチュラル」(2018年/TBS系)を書くきっかけになった、というお話についてくわしくお聞かせ願えますか。

土井「それは『重版出来!』(’16年/TBS系)の打ち上げのときですね。その前に野木さんとは有川ひろ先生原作の『空飛ぶ広報室』(’13年/TBS系)を一緒にやっているんですけど、ドラマでは原作にないエピソードも多かったんです。新垣結衣さんが演じたリカのテレビ局サイドの話はかなりの部分がオリジナルなんです。それを野木さんはちゃんと取材をして書いていて。最終話も震災の後の松島の話だったんですけど、自分の足で本当に行って書いたんですね。そのオリジナル部分が素晴らしいんです。原作の元々のテーマを深めるためにオリジナルのエピソードがちゃんと機能していて、スゴイなと思いました。『重版出来!』のときも、最終回はほぼオリジナルの話なんですけど、一回完成して準備を進めかけていたものを『いや、やめる』って言って全部捨てて、一晩で書き直したんですよ。小日向(文世)さんにまつわるエピソードを全部書き直した。原作ものの脚色というものを超えた、何かを生み出す力があるんだなというのを、この2つの作品で感じましたね」

――すごいですね。

土井「10年前くらいは原作ものじゃないと企画が通らないというような時代だったんですね。僕がディレクターになったのが1990年代ですけど、そのころは連続ドラマってほぼオリジナルだったんですよ。それで僕も、岡田(惠和)さんや野島(伸司)さん、野沢(尚)さん、大石(静)さん、北川(悦吏子)さん、そういう方たちと一緒にドラマを作らせていただいてきて、野木さんもオリジナルを書ける力がある、と確信していたので。その(打ち上げの)時はちょっと勢いで。会社の偉い人たちが集まるような、そういう場でこそ明らかにしないといけないと思うからね(笑)。だからそれがきっかけになったのならよかったな」

――そして野木さんは今、引く手あまたでいらっしゃいます。

野木「あの頃と比べると、今はかなりオリジナルドラマが増えてきましたよね。戻ってきたというか。やっぱりオリジナルを作らないと、脚本家だけじゃなくてプロデューサーも作る力がどんどん失われていくと思うんですよ。原作ものが悪いわけではないので、両方上手くやっていった方がいいと思います」

スロウトレイン対談記事写真6

大みそかに一人でそばを食べている人と電波をとおして通じ合えたら

――今回お正月に放送されるドラマということで意識されたことはありますか?

土井「そうですね…。本当にそれぞれなんですよね、家族って。今はもう、そんなに縛られる時代ではないですよね。お正月にそういうことを、あんまり押しつけがましくなく、楽しく、誰かのことを考える時間にできればと思いました」

野木「お正月ということで最初に浮かんだのは、松さん演じる主人公が大みそかの夜にひとりで蕎麦をすすっているというシーンでした。なのでそこに向けて作ったところはちょっとあります。多分世の中にそうやって大みそかにひとりで蕎麦を食べている人はたくさんいる。そういうのもありだよね、っていうことも含めて、ひとりで蕎麦を食べている人たちと電波をとおして通じ合えたらと思いました」

土井「あともうひとつ、TBSのお正月ドラマというと、僕がTBSに入る前から『向田邦子新春ドラマスペシャル』を毎年放送していたんですよね。向田さんが亡くなった後に、向田さんの小説、エッセイなどからホームドラマを起こして、新年に放送している枠があったんです。僕はそれを毎年見ていました。いわゆる家族バンザイみたいなドラマでは全然ないわけですよ。みんないろんなものを抱えていて、時代も現代だったり、戦争中であったり、いろんな時代が描かれる。だからお正月にホームドラマをやるのであれば、家族で気楽に見られるけれども、やっぱり見た後に何かが残るものにしたいというイメージがありました」

野木「恐ろしいことを言いますねぇ(笑)。向田ドラマと比べられても…」

スロウトレイン対談記事写真7

――まさにTBSのお正月ドラマらしい風格があるドラマ。最後におふたりにお伺いしたいのですが、このドラマをどのような方に見てほしいというようなお考えはございましたか。

土井「今回は爆発事件も起きない、ラスボスも出ない、タイムリープもしないし、スーパードクターも出ない(笑)。もちろんそういうドラマを見るのは大好きですけれども、あえてベーシックに返るというか、新年にオリジナルのスペシャルドラマをやるのであれば、連続ドラマで求められるものとはちょっと違うものをやってみたいなと。意外とベーシックなものに返ることが逆に新しく見えるんじゃないかなっていう、そういう思いはありました」

野木「右に同じです。誰かが作らないと、本当にこういうドラマがなくなっちゃう。でもこうしたベーシックな人間ドラマを見たい人もたくさんいると思うんです。刺激的なだけではないドラマを見たい人も」

土井「それで若い人たちが見て、面白かったねって言ってくれたら、こういうのもあっていいよねってなるしね」

リリーさんが、毎年やればいいのに、と(笑)。彼らにまた会いたいと言ってくれる人がいれば、いずれ続編も

――そういうベーシックなものに返る作品を想定した時に、これは野木さんとやりたいなと思うポイントがありましたか?

土井「野木さんは社会派の骨太なものも書けるけど、普通の人々の心のありようを書くのも上手い人ですから。今、野木さんはいろんなものを求められているから、逆にこういう力を抜いたものもたまに書いてほしい」

野木「非常に楽しく書かせていただきました。定期的にこういうドラマを書かせていただいた方が私の心の安寧にもつながります(笑)」

スロウトレイン対談記事写真8


土井「リリー・フランキーさんがね、撮影は1日しかなかったんですけど、これ毎年やればいいのにって(笑)。この3人姉弟がどうなっているのか見たいって言ってくださって。だからもし気に入ってくれる人がいて、彼らにまた会いたいねって言ってくれたら、何年か先に続編もね。やってみたいです。『スロウトレイン 北へ』とか(笑)」
 
 

■Profile

野木亜紀子(のぎ・あきこ)
脚本家。脚色ドラマに「空飛ぶ広報室」(’13年/TBS系)、「重版出来!」(’16年/TBS系)など。オリジナルドラマに「アンナチュラル」(’18年/TBS系)、「獣になれない私たち」(’18年/日本テレビ系、向田邦子賞受賞作)、「コタキ兄弟と四苦八苦」(’20年/テレビ東京系)、「MIU404」(’20年/TBS系)、「連続ドラマW フェンス」(’23年/WOWOW)など。

土井裕泰(どい・のぶひろ)
TBSテレビディレクター。1990年代以降、数多くのTBSドラマを演出してきた。主な演出ドラマは「真昼の月」(’96年)、「魔女の条件」(’99年)、「フレンズ」(’02年)、「GOOD LUCK」(’03年)、「空飛ぶ広報室」(’13年)、「重版出来!」(’16年)、「カルテット」(’17年)、「ラストマン-全盲の捜査官-」(’23年)など。

新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」放送情報

TBS系 1月2日(木)後9:00~
出演:松たか子 多部未華子 松坂桃李 星野源 チュ・ジョンヒョク 松本穂香 リリー・フランキー 井浦新ほか
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:小牧桜
演出:土井裕泰



取材・文/武内朗 

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