毎回イチオシのドラマ脚本家をご紹介している「推しの作家さま」。今回はいよいよ野木亜紀子さんの登場です。現在TBS系日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」が放送中です。
幅広いスタイルでどんなテーマでも上質な物語を作り出すドラマ界のアルチザン(名工)
野木さんはフジテレビヤングシナリオ大賞の出身で、「掟上今日子の備忘録」(日本テレビ系)、「重版出来!」(TBS系)などを手掛けたのち、「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)で一躍人気作家の仲間入りを果たします。以降も「アンナチュラル」(TBS系)、「獣になれない私たち」(日本テレビ系、第37回向田邦子賞受賞)、「MIU404」(TBS系)などオリジナル作品を次々に発表。現在の日本を代表するドラマ作家のひとりと言っていいでしょう。
山下達郎さんのアルバムに「アルチザン」という作品がありますが、野木さんにはこの「アルチザン」という言葉がふさわしいなといつも思います。「職人」と訳されることが多いですが、個人的には「名工」とか「達人」とかそういったニュアンスに近いでしょうか。一作一作テーマも異なるし、原作ものもオリジナルもテレビも映画も自在にこなす。そのスタイルの幅広さはまさに特筆すべきですが、そこにはある種の品質保証というか、どんなテーマでも絶対面白くするんだという野木さんのドラマ作家としての姿勢が色濃く感じられます。
その裏にはもちろんそれを支える高い志や覚悟、エンターテインメント的な勘などと同時に優れてテクニカルな部分が必須なのですが、その根底にあるのは野木さんのヒューマニズムだと思います。どの作品も膨大な取材やさまざまなインスピレーションの上に綿密な企みを以って脚本化されていることがよくわかりますが、アウトプットの最終的なジャッジに最も影響を与えているのはそこでしょう。どの作品でも、登場人物たちへの愛や共感がドラマの通奏低音になっています。
緑も水もプライバシーもない、ないないづくしの環境の中で、人々のエネルギーが画面からこぼれる!
現在放送中の「海に眠るダイヤモンド」もまさにそうです。昨年WOWOWでの「連続ドラマW フェンス」の放送はあったものの、野木脚本による地上波での連続ドラマは久しぶりなだけに大きな注目を集めましたが、大きな企みをはらんだ物語は第1話から大きな反響を呼びました。1955年の端島を舞台にした物語世界に一気に引き込まれます。加えてこのドラマには、「アンナチュラル」「MIU404」などのヒット作を生んできた野木亜紀子脚本×新井順子プロデュース×塚田あゆ子チーフ演出という座組による奇跡の化学反応への期待や予感も宿ります。
50年代の長崎県・端島を舞台にした臨場感ある人間ドラマは、「南極大陸」や「とんび」、「天皇の料理番」など昭和の“近過去時代劇”に定評のある日曜劇場らしい雄大さを感じますが、このドラマはそこに現代パートを入れ込んでいるのがミソです。昭和の端島と令和の東京を行き来する構成の巧みさ、上手さ、無駄のなさには舌を巻きます。
そもそも非常に限定的で特別な環境下であるはずの端島での生活なのに、そこに生きる人々の青春、恋、葛藤などが、手に取るように伝わってくるのは本当に見事です。台風の夜の恐怖、海底水道完成の歓び、中の島の桜の美しさ、たった10数年前の原爆投下の記憶…。緑も水もプライバシーもない、ないないづくしの環境の中で、さまざまな矛盾を抱えたまま闇雲に夢を追いかける人々のエネルギーが画面からこぼれます。
そしてそんなドラマ空間を支えるキャラクターたちの魅力。野木さんの各キャラクターへの思いがそこかしこにあふれて、胸を打ちます。2つの時代を行き来する主演の神木隆之介さんはじめ、各俳優陣の演技や演出なども含めたその密度とクオリティーは尋常ではなく、1時間ドラマとは思えない芳醇な味わいを湛えています。
過去と現代が対比して描かれる中で、どうしても過去パートの登場人物により愛着を感じてしまうのは、その輝きがやがて失われてしまうことを知っているからでしょう。石炭産業が時代から切り捨てられていくように。野木さんの哀借感あふれる彼らへの視線が愛おしいです。
近年はドラマについてSNS等で語られることも多くなり、予想を裏切る展開やサスペンスが常に求められたり、謎や仕掛けの回収や小ネタの数で評価されたり、見られ方が変わってきています。もちろん「海に眠るダイヤモンド」にもさまざまな謎やフックが埋め込まれていて興味は尽きないのですが、テレビドラマの面白さの原点はやはり「この先どうなるんだろう?」「この人たちをずっと見ていたい」「次回が楽しみだな」と胸を弾ませてドラマと相対するワクワク感でしょう。「海に眠るダイヤモンド」にはそんなワクワクがあります。まだまだ物語は始まったばかり。考察ばかりでなく、時には流れに身を任せて、ドラマに浸りましょう。果たしていづみ(宮本信子)と玲央(神木)は現代のダイヤモンドを見つけることができるのでしょうか?
文/武内朗