推しの作家さま #26 蛭田直美さん ーー「あの子の子ども」脚本

2024/09/03 17:05

毎回イチオシのドラマ脚本家をピックアップする「推しの作家さま」。今回取り上げるのは、現在フジテレビ系火曜11時から放送中(カンテレ制作)のドラマ「あの子の子ども」を執筆している蛭田直美さんです。

「舟を編む~私、辞書つくります~」での繊細かつ大胆なアプローチなど、近年、目を見張る仕事ぶり

近年の蛭田さんの活躍は目を見張るものがあります。特に2023年の夏は、前年にBSプレミアムで放送されて好評だった「しずかちゃんとパパ」の地上波放送とフジテレビ系(カンテレ制作)の「ウソ婚」の放送が同じ火曜日だったため、蛭田脚本作品が期せずして立て続けに放送されていたりしました。そして今年の2月からNHK BSで放送された「舟を編む~私、辞書つくります~」が、蛭田脚本の魅力を大きく知らしめることとなります。

ドラマ版「舟を編む」は、原作小説の後半に登場する岸辺みどり(池田エライザ)を主人公にし、時代設定も2017年以降に変更されています。SNSに揺れ、出版業界は傾き、コロナが人々を襲った混沌の日々。そんな時代に言葉と向き合い、辞書を作っている登場人物たちの真摯な日常が多くの視聴者の胸を打ちました。小説に描かれていないところでも、登場人物は自分の人生を生きている。それを成立させた最も大きな要因が蛭田さんの脚本にあることは言うまでもありません。徹底的にキャラクターに寄り添うことで生まれる新たな世界線こそ、まさにこのドラマの大きな魅力。その詳細で綿密な取材(おそらくは)に裏打ちされた繊細かつ大胆なアプローチは、現在放送中の「あの子の子ども」にも存分に発揮されています。

優しく、丁寧に福、宝と周囲の人々の物語を描く。原作の裏側に隠れた登場人物たちの日常に対する愛情と目配りは、まさに蛭田さんの本領

テレビの情報誌はじめさまざまなメディア(最近ではSNSなどで発信している個人の方も多いですね)が短い言葉でドラマを紹介すること、よくありますよね。たとえば「あの子の子ども」なら「予想外の妊娠で日常が一変してしまう高校生カップルの物語」というように。でも蛭田さんはこのドラマを単なる「妊娠に直面した高校生カップル」についての物語にはしていません。あくまで福(桜田ひより)と宝(細田佳央太)というふたりの、そしてその家族や友だちを含めた周囲の人々の物語になっています。

推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン1

ふたりが初めて結ばれる前から描き、ふたりの夢や思い出、家族や友人との関係も丁寧に描いて、原作コミックでは初回に登場するファミレスの妊娠検査薬のシーンはなんと3話のラストです。どれだけ丁寧に描いてるんだという感じですよね。結果的に妊娠という結果になったけれど、十分あり得たそうじゃない世界線もアフターピルのシークエンスなどできちんと描きます。これはあくまで福と宝の人生の物語なんだという強い意志が感じられます。

推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン2

そしてもうひとつ、ふたりの家族や友だち、先生たちの描き方のなんとあたたかなこと。みんな本当に人間味豊かだし、そして福と宝への愛にあふれています。そんな原作の裏側に隠れた登場人物たちの日常に対する愛情と目配りは、まさに蛭田さんの本領発揮と言えるでしょう。もう幸くん(野村康太)とか、矢沢(茅島みずき)とか、飯田(河野純喜)とか、隼人(前田旺志郎)とか、みんなナイスキャラすぎるんだもの。

推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン4
推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン5

特にふたりの母親(石田ひかり、美村里江)への優しい目線は強く印象に残ります。それぞれに事情を抱えながら、自分の人生を肯定しながら生きている。それぞれの人生に立った上で、子どもたちのことを真剣に考えている。9話の家族会議泣けましたね。意見は違ってもみんながわが子のことを理解しよう、寄り添おう、力になろう、と懸命で。福のお父さん(野間口徹)も結局娘が大好きなんだよね。ずっと「フク」って呼びかけてたのに、最後に「サチ」ってね。ホントにふたりともみんなに愛されてるなぁ…。

推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン6
推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン7

とはいえ少女コミックであるこうした原作を扱っている以上、ある種のメッセージは存在します。妊娠や中絶に対する情報を伝えるということも大きなテーマのひとつで、当事者に寄り添うメッセージや情報のヒントはふんだんに登場します。宝が妊娠後の対応についてまとめたノートやレディースクリニックの院長(板谷由夏)の言葉など、当事者の心に響くシーンがたくさんあります。特に院長の「どんな選択をしても誰にもあなたを責める資格はありません」というセリフは、5話の中で2回繰り返されます。しかも2度目には最後に「あなた自身にも」の一言が添えられて。心のデリケートな部分に触れているという制作陣の配慮を感じます。

推しの作家さま#26「あの子の子ども」シーン8

そうしたメッセージ性とドラマとしての広がりのバランスを保つポイントとなっているのが、時折登場する各キャラクターへのインタビューシーンでしょう。その謎解きは現時点ではなされていませんが、おそらくこの構成が蛭田さんとスタッフの大きなたくらみのカギになっているように思います。

原作も完結したばかりなので、ラストはどうなるんだろうってネタバレしたくなるという人も多いでしょうが、蛭田さんのことです。どんな結論になっても後味のいいエンドマークにしてくれるような気がします。これはあくまで福と宝が、そしてふたりをとりまく人々みんなが幸せになるための物語なはずですから。楽しみに見届けましょう。

文/武内朗

あの子の子ども番組ビジュアル

「あの子の子ども」放送情報

カンテレ・フジテレビ系
毎週火曜 後11:00~